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第二十二話 当て馬淋し

朝日に照らされて輝くピコランダの城下町を、わたっていく澄んだ風。


今日一日の始まりを告げる鐘の音…

舗装された通りは既に店を開ける人々が動き出している。


この小さな丘から見るピコランダの景色もお気に入りの一つだった。


いつもなら、私がここに着くとわらわらと豪快な兵士たちが、「よぉ、姫さん」とか「今日は勝ちますよ」とかいいながらやってくるのだ。

そして、準備運動・打ち込み・手合せと言う感じで稽古に付き合いながら自分たちも適当に体を動かしている。


夜勤明けの彼らは疲れているだろうに、それを微塵にも感じさせない。

その後、私に格闘を見せた上で、何かしら勝負を持ちかけて楽しんでいる。


私もそれがすっかり日課になっていて稽古が終わって、ハトナにお風呂の準備をしてもらいながら、こんな事があったと笑い合うまでが朝の恒例だった。


でも、今日はひとり…この丘は、

こんなに広くて静かだったのかと…


まずは体をほぐす。

寝起きで固い筋肉を柔らかくして温める。


というのも、いつも私の稽古に付き合ってくれていた部隊が緊急で魔物退治の任に赴くことになったというのだ。


突如現れた魔術的反応により、調査部隊が持って帰ってきた報告は、ここから2日の距離の山林に魔物の群れが突然に発生したというのだ。


聞いた魔物はファルゴアにも時々現れる、そこまで強力ではないだが今回は、数が多いため放置すると人里に影響が出る可能性があるという。


その対応により比較的落ち着いた城内の警備から、魔物討伐の部隊が選抜されたという。

「というわけで、明日から俺たちは魔物相手です。

 稽古に付き合えなくなってしまいました。」

強面の彼らがしょぼんと肩を落とす。


しょぼんとするなら私なのに、付き合ってくれてる彼が淋しがってくれてるのはなんだが可愛いし、嬉しいけど仕事は仕事だ。


「そんな、いままで夜勤明けなのに私の稽古に付き合ってもらって感謝しています。ゆっくり休んで魔物を無事討伐してきてくださいね。」

そういうと彼らも厚い胸板をぐっと張って言う

「おう、ささっと終わらして帰ってきますよ!」

私も胸を張って

「みなさんが魔物退治にてこずるようなら、一人で稽古して腕相撲にも勝てるほど強くなってしまうかもしれませんよ?」

挑発的に笑うと兵士たちはどっと笑った。


「姫さんの腕がこんなになったらいかんから、さっさと帰ってこよう」

と鍛え抜かれた二の腕を一人が見せて力こぶを作ると、みんな一斉に二の腕に力こぶを作って見せ始める。

それで「これはいかん」「さすがにこれはやりすぎだ」「アル王子より強くなられてはいかんしなぁ」などと口々に言って笑う。


「代わりの誰かが来れるよう言ってみす」

と言ってくれたから

「みんなが居ないのは淋しいけど、一人でも大丈夫よ?もういい大人ですからね?」

と力こぶを私も作ってみる。

それは兵士のモノとは比べ物にならないくらい貧弱だった。


彼らは最後は笑い通しで、朝稽古を終えて去っていく。


その魔物退治はきっと彼らには朝飯前のことだろうが無事に帰ってきてほしいと思った


だから、今日は一人で朝稽古している。

「ご武運を……」

昨夜のうちに出発したという彼らに祈りをささげていると、カサっと草を踏む音がした。

もしかして、彼らの代わりに来てくれた兵士かな?

と思って振り向くと


風に煽られてはためく夜色のローブが異質な存在感を放つ。


長身な細身の体、なびく黒髪は朝の光に青く濡れたように揺れる。

眼鏡のレンズが光を反射して目線は伺えない。


早朝に見るとは思わなかったその色に、

…一瞬……血を吸って生きるという永遠の時を持つ魔物を想像してしまうほどだった。

灰になるのでは?

そんな想像をしている私に、ラル王子はふらりとゆれながら低くいつもより枯れた声で呟く。

「眠い……」

面倒くさいが前面に現れて、それをまったく隠す気がない。

そして草の上にすとんと胡坐をかいて座る。


「寝てればいいのでは?」

なんできたし?そう思わずにはいられない。

「兵士がうるさい。」

兵士とは今日いない彼らだろうか…だとしても彼らがなぜ?

身体がほぐれてきたので、今度は素振りでもしようかと思っていたところだった。

折角温まった体を動かしておきたいので、いつも使ってる木刀を振りながら

「彼らは夜にたったとハトナが言ってたけど?」

とりあえず手は止めない。

ラル王子はボソボソと眠そうに

「魔術的介入の可能性があったから見張ってた。

 けど、術者は見つからなかった…数が多かったから兵力要請しに帰ってきた」

ひとつ大きな欠伸をして

「ちょっと思ってたより数が多かったから、早めに立つ指示をした」

誰かに変わりを頼もうとしてくれた彼らが、朝の予定が夜になって誰にも頼めずその指示を出したラル王子に頼んだのだろうか?

「彼らの代わりに来てくれたの?」

そう問うと、ラル王子は

「あんた、なんかうちの兵士に懐かれすぎ」

困った感じでため息をつかれた。

そんなこと言われても……ありがたいとしか言えない。

「誰かを代わりにと言われて…でも、寝てた…」

あぁ、私の稽古代理を探す前にねちゃったわけか。


身体を動かし続けているのでしっとりと汗をかいてくる。

ただ、一人だとこれしかないので続けて剣を振る。

「ありがとう、でも大丈夫よ一人でも」

言いながら、懐いてくれてるという兵士たちの顔が浮かんで綻んだ。

「朝だけどここは警備が薄いから心配だと、あと一人で淋しかったらいけないと……」

あははは、過保護だなって思って笑ってしまう。


一応、他国の御姫様だし、警護対象ではあるわね。でもきっと彼らは、一人でいる私を思ってくれたんだろう。

当たりさわりなくしているが、あえてつるまない様にはしている。

接触すればトラブルになるし、私は…黙ってられないしね。

他国から入ってくる私の噂で、孤独になっている私を彼らなりに心配してくれているのだ。


一人は平気と言いながら、今朝のこの景色に淋しさを感じていたのは本当で。

見抜かれちゃったなぁと思うと、恥ずかしいより嬉しくなってしまうのは何故だろう…ふふっと口許が緩んだ。


「朝から、何にやけてる」

眠そうな声が素振りの音の合間に聞こえる

「嬉しいとおもったらいつでもにやけるわよ。

 ていうか本当に大丈夫だから帰って寝ていいわよ」

と彼に目線を向けると、彼は胡坐からついにその場にごろんと横たわっていた。

「ちょっと…こんなところで!」

さすがに剣をふる手を止めて近寄る。

眼鏡越しにみる目は細く細くなって、思った以上に長いまつげが瞳を見る前にその黒を隠した。


ここで寝るの?あんたほんと王子なのか?

そう突っ込みたくなる。

なんだか書庫に入り浸ってるしいつもローブにシンプルなシャツとパンツスタイル。生地はいいものだし、いつもとても清潔だけど似たようなのを何着ももっているのか、特に代わり映えしない服装だった。


…私が見た彼の王子らしい格好って晩餐会の時の正装だったけど、あの時の態度が悪すぎて王子様らしいかと言えば…

大きく否!と言うしかない。


兄のアル王子はすでに王の風格ももつ体躯で、今まで会ってきた王子の傾向としてはラル王子の方が容姿的には王子っぽいはずなのだが…この体たらく…本当にお兄さんを見習ったらいいのになぁ。


などと、目を閉じていても絵になる顔を覗き込む。


でも、話を聞く限り、たぶん徹夜に近い状態で稼働してたのだろう。魔術は得意で才能ありますったって、休まなければ体力と一緒で魔力も落ちるだろう。


すっかり寝息を立て始めた魔術師王子を見つめながら、稽古で浮いてた汗を拭く。

ちょっと休憩ということでハトナが用意してくれた水筒の水を飲む。


ただ、国の為にポーションの研究をしたり魔術的な介入を警戒したりそう考えると……

彼は紛れもなく国を思う王子であり、その能力で国が支えられている事がよくわかった。


そしてここにこうしていてくれるのも、自分の責任で他国の姫に危険があったのではいけないという責任感だろう。

そしてそれを兵士が進言できる器の広さと信頼されている様子。


ここの兄弟は……本当にすごいなぁ…

大国をこれからしょって立つこの王子たちを素直に尊敬する。


とはいうモノの、ここで寝ちゃうのはやはり体が心配だ。

私はひとつ息を吐く。

今日は、もう十分汗もかいたし切り上げよう。

そう、おもって彼を起こそうと肩に手を駆けようとした時。


瞳の夜色が急に現れて私を映す


その吸い込まれそうな真夜中色に一瞬息が止まる。

微かに感じる青…その青をおっていつまでもその瞳を見つめていたい衝動に駆られる。


「寝てた?」

囁くように言う彼…私はあわてて出した手を方向転換し、そばに置いた木刀を探る。

「うん、こんなところで眠れる王子様がいるとはね?」

さっき思っていた事が自然に口に出た。

起きあがりながら彼は

「毎朝、剣の稽古をする姫にいわれたくないけど」

「これはスタイルを維持するための適度な運動ですぅ」

「適度な運動で逆立ちで兵士と競争なのか?」

「書庫に籠ってる王子に言われたくない!」

とお互い自分が一般的な姫・王子像にそぐわないことを指摘し合う。

軽い言葉の応酬をしながら剣を振る。


「動かしてないと鈍るのよね…魔術は稽古ってあるの?」

素振りをしながら普通に思ったことを質問する。

「稽古?…呪文なら一度覚えたら忘れないし…」

うお……天才は違うな。

「体は鍛えないの?」

すると彼は

「鍛えてるように見えないってこと?」

と聞いてふらり立ち上がる。

なんとなく、言葉尻にいつもより熱が入ってる気がする。

正直、アル王子と比べて細いし…そんな事を考えて

「魔術って筋肉使わなそうだし…」

「ほぉう?」

あれ?ちょっと怒らしたかな?

でも、真実でしょうに…なんておもっていたら、彼の腰のあたりに魔法陣が展開した。


青い光を発して揺らめくそれに彼は左手をあてがい

まるで刀を鞘から抜くように右手を動かす。


すると一瞬まばゆい光を放ち魔法陣が消えて

彼の手に一振りの剣が残った。


さっきまで眠そうだった瞳はいまは青い光を湛え冷たく熱く輝いている。


なるほど…腕比べ?

女に、その体格を馬鹿にされて黙っていられないってわけか…

でも、私だってひょろひょろの学者王子に負けるわけにいかない。

にやりと笑ってその意を受ける


そして互いに剣を構える。


空気が止まった…


構えたその剣に隙はない

体も揺るがず心も静かだ…

緊張が走る…

どちらが仕掛けるのか?


とそこに…


――ゴーンゴーン


城下町の教会だろうか時を告げる鐘がなる。

私は、その意味をおもいだして叫ぶ

「わぁ!朝食会!!」

そうだ、もう一時間たってしまった。

そろそろ戻って用意しないと朝食会に間に合わない。

今日は、アル王子の近くの席に座れる大事な日なんだから!


私はあわてて木刀を収めて謝る。

「ごめん、この勝負、また後日でいいかな?」

さっきまでの彼の瞳の光は、私のあわてた様子を映して消えていった。

そして、綺麗な氷の剣はシュパーンといって霧消する。


彼はまたふわっと欠伸をして緊張も何もない顔にもどった。

急げとあっちいけと言う感じで手を振って促す

「ども」

と駆け出そうとして振り返り

「今日はありがとう」

と言った。


彼は、目を一瞬細めてそれから口角を少し上げて笑った気がした。


あとは全速力で部屋に戻って朝食の準備に取り掛かる。


その際、今日の顛末をハトナに話したところ

「ラル様は御強いですよ?アル様には確かに及びませんが近衛兵の隊長クラスとは五分の戦いをされていらいらっしゃいますよ?」

ときいて「え?」という声が喉に詰まって「げ?」っと鳴った。

「稽古してるの?」と素朴な疑問をいうとハトナは

「クラァス様とは正反対で夜稽古されてるかと、魔術が制限された時の事も考えて最低限の事はされてらっしゃいますよ」

夜稽古かだから兵士とも仲がいいのか…自国の兵士と懇意なのは、まーそんなの当たり前だけどさぁ。


あぁ、自分が彼を完全に見くびってしまっていたことを反省する。


彼がわたしの格好見て「挑発してるのか?」と見下したように、学者だから「身体を鍛えてない」というレッテルを張ってしまっていたことに気が付いて申し訳なくなる。


今度顔を合わすことがあったら無礼を謝ろう…

そう思った

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