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第二十一話 当て馬嬉し

「というわけでこれは名誉の泥なのよ」


マジックポーション研究所から帰ってきて馬車から降りると、玉砂利の庭園を真っ黒ローブが横切っているのが見えた。


書庫に向かっているのだろうか。

なんだか、あのスフィアを見てきたという報告をしたくて、花束を持ちそのまま書庫に向かう。


中に入ると、やっぱりラル王子は面倒くさそうに椅子に掛けて本を読んでいた。


興奮して話し出す私。

役人さんの熱意や、スフィアの綺麗だったこと。

小瓶のデザインが可愛いいのにそれを作っている職人さんが、強面だったことが可笑しかったこと。

試飲したポーションの液体が甘すぎて美容的に気になるって話。

昼食の羊肉がおいしかった話に至るまで、だまって聞いてくれるのをいい事に話しまくる。

そして最後は花束を渡してくれた女の子の話をした。


得意顔で胸から腰辺りについた泥を指す。

「可愛かったのよぉ。本当に」

ミニブーケを抱きしめて思い出す。


「みてたし」

肘をついてこちらをみながらラル王子はぼそりと言った。

「は?」

思い出から高速でもどってきてラル王子をみると、片方の眉を器用にあげてローブを目線で指す。


いたか?黒いローブ??

…あぁ…いたかもしれない…

でも……そんなスフィアに夢中で気が付かなかった…まてよ?

「え?じゃぁ、空間移動?…あんな遠くから一瞬かぁ…すごいね…」

「いや、ポートを開いて、いつでも行けるから」

そういって書庫の奥にある鉄製の扉を指した。

その扉にはやはり魔術的な文様が彫られている。

「そっか、なんか…ベラベラしゃべっちゃったけど、考えてみたらあなたが作った施設なのよね?申し訳ないうるさくして…じゃ、お邪魔しま」

「いや、参考になった。ありがとう」

出て行こうとした私に彼が言う。


振り返ると眼鏡越しに見えるあの瞳が優しく微笑んでいた。


わー久々にみたわー

そうそう、こういう顔もできるのよね、彼…

そして、言葉が少ないせいか要点を単刀直入にいってくる。

素直に感謝されて…嬉しく弾む心があった。


「魔術って私、あんまり見た事なかったんだけど、あんなにいろんな色の魔法陣があるんだね」

本の中で魔法陣を見たことはあった、考えてみたらファルゴアの魔術師は魔法陣を使っているのを見たことなかった。


だから色があんなにあったなんて分からなかった。

「術者の特性から色が決まるから、人によって違う」

「あなたは、青よね?」そう聞くと、

ラル王子は指先を机の上でゆっくりと小さく回した。

するとふわふわと青く発光する球体が一つ机から出てきた。


「これがマナ」

その青いマナを手のひらで包む…

それをまた机の上に押し付け小さく呪文をゆっくり唱えた。


呪文は、魔術式という。

独特の発声をし、魔術適正がないと発音さえできない。


押し付けられた机の上に小さな青い魔法陣が現れ、そこから、親指サイズの小さな氷のパペットが現れる


「マナの量で使える魔術はきまる、一つだったらこんな感じ」

パペットは机の上をテトテト歩いてこちらにやってくる。

楽しくなって顔を近づけてみるとその冷たい棒の手で私の鼻をちょんっと触る。

かわいい♪

私もそのパペットをちょんっとつつくと


−パシュンッ


氷が小さくはじけてパペットは霧消した。

うえぇーーーーー!!!

驚いて口を開けたまま固まる

「ククク……眉間の皺」

ラル王子は小さく肩を揺らしながら笑っている。

はっとして眉間をこすりながら、楽しそうに笑うラル王子を見つめる。


楽しくて笑う事もあったねぇ、この人。

そんな当たり前の事を思った。


「あ!でもこの前の鍵、魔法陣見えなかった」

それとファルゴアの魔術師も魔法陣を使っているの見たことないと付け加える。


すると彼は本をプカプカと浮かして見せてくれた。

そしてその本に翼が生えてパタパタと私の前を飛び始める。

「さっきのはゆっくり工程をみせた、簡単なものは呪文も含めて省略も可能」

「へぇ────」

省略してるから魔法陣も呪文もなかったのかぁ。

複雑だったり沢山マナがいるものは魔法陣が必要だし、場合によっては呪文も必須なのだそうだ。


空飛ぶ本が綺麗で目で追っているとその背表紙にいつのまにか

さっきの氷のパペットが馬に乗るようにまたがっていた。


そしてその本の天馬から降りて私の肩にのった。

手のひらを差し出すと手の上にのってくる。そして丁寧にお辞儀をして、『バイバイー』って感じで手を振った。


クスクスとわらうと氷のパペットは今度はどんどん透明になって消えて行った。


可愛い魔術ショーに心がほっこりする。


「もし、あのポーションが完成したら、民はみんな喜んでくれるわね。まだ先になるかもしれないけど、ファルゴアにも是非輸出してね」

そういうと、ラル王子はふんわりと

「ああ」

と言った。


しばらく柔らかい空気のなか見つめあっていた。

そんな中ぽつりと彼が言う

「ハトナは、その泥の事しってるのか?」

「しらないよ。だって、馬車から降りてすぐきた

 …から…あぁ!!!」

うん、きっとこれ見たら「どうしてすぐにきがえなかったのか?」という顔をされる。

…汚れが染み付いたらどうしますか?みたいにため息つかれるのよ。


ラル王子は「ククク…」と机につっぷして笑ってる。

そんな彼をほおって私はあわててブーケをもって書庫をでる。


部屋で待ち構えたハトナに盛大にため息をつかれ、「これは名誉の泥なの」と弁解する私の未来は確定しているようだ。

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