表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

第二話 当て馬帰し

傷ついた心を抱えながらの馬車の旅。


もう…なれてしまったなぁ…つい、うとうととまどろむ。


朝方はまだ雲に覆われていた空は今は心地よく晴れているのだろう。閉じている(まぶた)を通して優しい日の光を感じる。


空気が変わった。


森の香りが光を満たした風の中を流れていく。

土や草の匂いが心の瘡蓋(かさぶた)を優しくなでて、癒してくれる。


帰ってきたんだなぁ、ファルゴアに…


ゆっくり目を開けるとすでに景色は懐かしい緑の森と収穫期を迎えた作物がたわわになる大地へと代わっていた。


小さな、小さな私の故郷。草刈りをしている農夫が私の馬車をみつけ、満面の笑みと共に大きな声で呼ぶ。

「おかえりなさいませぇ~クララ様ぁ~」

クララはこの国で私に与えられた愛称で、国の皆は私をこう呼ぶ。


作業を中断して手を振る農夫馬車は気持ち速度をおとす。

「ただいまぁ!今年もおいしそうねぇ~」

彼に負けじと馬車の中から大きな声を上げる。

「朝どりを城に届けてありますんでぇ~、楽しみにしてくださいな~」

「ありがとうーーーー!」

小さくなっていく彼は、私が見えなくなるまで手を振ってくれた。


これを皮切りに、道すがら声をかけてくる民達に笑顔で答える。


帰ってきさえすれば私を傷つける人なんてない。


先の国の王宮と比べたらそれはそれは、小さな小さな我が城が見えてくる。


私はその素朴なたたずまいが大好きだ。


農繁期にはよく城のものを連れて農家の手伝いに出る。民が気軽に王族に声をかけてくる、そんな国ファルゴア。

そういった習慣日常であるのはこの国だからなのだという事は、よくよく教育係のルミナーテに言われたものだった。


馬車は城内にはいっていく出迎えてくれたのは、最低限のメイドと騎士だった。

歓迎できない帰郷だというのはすでにみんなの知りえることなのだ。


その心遣いに感謝しつつ馬車を降りる。

手を貸してくれたまだ新米の騎士に笑顔で言う

「馬車旅でだいぶなまったわ、明日は早くから稽古したいからよろしく」

心配の色の濃い目で私を見つめた新米騎士は

「ごゆっくりされたほうがよいのでは」

と気を使ってくれているのがよくわかる。

「私に負けるのが怖いの?お父様直伝の剣術よ、おとなしく稽古台になっておきなさい」

軽口を叩いて颯爽と自室へと向かう。


本当は、何かしていないとふさぎこんでしまいそうだった。とにかく体を動かしていたかったのだ。


小さな頃からお転婆だった私は近衛兵隊長だった父の才能をすこし受け継いだようで、剣術の稽古が楽しくてしかたなかった。


父は王になってからも騎士たちの稽古を自分がつけていた。

そんな姿を見てそのきらめく白刃を自分も操りたいと思ったのだった。


格式や敷居は特に重んじられない。王家として必要なのはこの土地を守る事。


民がいて王家があるだから、この国は平和なのである


ただし、一歩この国を出ればそれではすまないと、王族として外交に支障をきたさない

教育は常にされていた。


他国に出向くようになってあのときの厳しい教育係ルミナーテに感謝した。


そして、よく勉強を抜け出して剣術の稽古へ言った事や教科書をくりぬいて

蛇を仕込んだことを謝った。


ルミナーテは年老いてなお鋭い眼光で

「姫!まだまだ学ばれることはあるのですよ」

といって見合い先の国の文献を出してくる。


彼女にはその文献にのっているものをその国で手に入れて帰るのが私の一つの楽しみでもある。


本当は、よい知らせと共に報告出来たらといつも思う。

だけど、彼女の変わらない厳しさがそんな辛気臭い気持ちをいつも払ってくれるのだった。


部屋について荷物を解きながら今回の彼女のお土産をそっと机の上においた時、部屋の扉が元気に開く。


「おねぇちゃん!!」

まるで転がるように飛び込んできたのは

「ベル!」

妹のベェールだった。私がクララで妹はベル。


決して長くない名前をとにかく縮めるのがこの国の愛称の付け方。


「お父様もお母様もお待ちかねよ。早く元気な顔を見せてって」

十分姉の気持ちを分かったうえで、誰よりも明るく微笑みかける妹。

私が今一番欲しくない同情は一切出さない。

「わかったわ、荷ほどきしたらすぐに行くからまってて」

うなずいた妹はしかし部屋から出ない

「なに?」

と聞くと右手をだして

「お土産は?」

と小首をかしげる。


「いい年こいてさっそくお土産の打診なの?」

すると今度はぷぅっと頬を膨らませて

「ルミナーテにはいつもあるけど私にはいつもないじゃない!」

本心から私を元気づけようとする気持ち。

心地よい会話…


急速に瘡蓋の下の傷が癒えていくのが分かる。


「はいはい、ちゃんと用意してあるから夕食後に取りにきな」

「わーい、今夜はおねぇちゃんと一緒に寝るからね♪」

有無をいわさず約束をして片目だけを器用に閉じる。とその時、廊下から

「ベェールさまぁ!」

と怒りに満ちたルミナーテの声が聞こえてきた。


まずい!という顔をして妹が肩をすくめる。

「ここにいらっしゃったのですか!まだ課題がおわっておられないでしょう!!」

相変わらず厳しいお説教が飛ぶ。

「だっておねぇちゃんが、かえって」

「とっくに終わってるはずの課題をいつまでもしなかったのはベェール様です。クラァス様おかえりなさいませ。では失礼します!」

といってベルの襟首を掴んで部屋から出ていく。


-くすくすっ

圧巻の登場と有無を言わせない退場、日常に戻ってきて心がふわりとかるくなる。


「おねーちゃーーーー」

涙目で連行されるベルに私は大げさに気の毒そうに

「次期王妃様、がんばれっ」

と伝えた。ベルは親指を立てて「ふふん」とわらった。

それをルミナーテに見つかりガミガミ言われている。


遠ざかっていくルミナーテとベルのやり取りを聞きながら大きく声を上げて笑った。


私はもう笑えるようになっているみたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ