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第十四話 当て馬崩し

昼食を食べながら城下町を眺める。


私の為に用意された特等席は、城の敷地内でも少し小高くなってる丘だった。


風が心地よく、きれいに手入れされた生垣の花が揺れる。

庭園から少し離れていて静かで心地いい。


城壁の向こうにある森から小鳥のさえずりが聞こえ、涼しげな水音を立てる噴水とあいまって心が落ち着いた。


「こんな素敵な場所を、教えてくれてありがとう」

そういうと若いメイドは得意そうに笑った。


ハトナは

「お気に召していただき嬉しいです。

 陽のあるうちならいつでもご利用ください。

 ただ外灯が少なく人もあまり来ないので、夜はさすがにお勧めできませんのでご了承くださいませ。」

昨日の夜の散歩を知っているハトナのさりげない忠告に感謝しつつ

「たとえば朝方にここで体を動かしたいのだけど、いいかしら」

剣術の稽古が日課になっている事をはなし、あまり人がこないなら棒切れを振り回しても大丈夫だろうか?と聞いてみる


ハトナはしばらく考えてから

「承りました。警備の兵士にもそれとなく伝えておきます。

 くれぐれもお怪我のないよう。」

そう、答えてくれた。


朝食前の一時間程度という事で、早速明日から早く起こしに来てくれるという。


無表情でテキパキと仕事をこなすハトナさすがだな。


城内の仕事に戻る彼女らと別れてゆっくり散歩しながら部屋まで帰ることにした。


黄色い声のあの集団には会いたくないから、なるべく静かな道を選ぶ。


陽の光が木々の間を通って柔らかい光を落とす中、風がドレスの裾を優しくなでてゆく。


薄手の布がサラサラと心地よく揺れる。


私はこんな風にゆったりと異国での生活を楽しめているけど、ピコランダ城の人々は日々のトラブルの対処だけできっと大変なんだろうな。


ハトナがそういうのを見せないというのもあるし、基本的に私もできればトラブルは避けたい。


トラブル──そう考えた時、あの真夜中のような色の瞳が浮かんだ。


ハトナが第二王子と呼んだあいつだ。


『必死だな』

冷たい声が蘇る。


必死よ!

もう8か国目、そして3年目に入ったわ。

こんな状態で焦らないわけがないでしょ?


16歳から私はお見合いをしてきたの。18歳になったけど…変に経験ばかり積んでるくせに、その実、失恋ばかりで…おかげで私はまだ…そう、まだ…


処女よ!!!!!


うわーん、別にヴァージンロードを名実ともヴァージンで!

って思ってないわよ!

だけど、そうなっちゃったんだから

……仕方ない…。


いや、別にその処女だからあせってるとかじゃなくてね?


って、誰に対してなんの弁解をしてるんだ?

とはたと気が付く──アイツのせいだ!!!むかつく!!!

思い出しただけで怒りが湧いてくる!


違う!違う、今はあんな無礼な奴の事などどうでもいい!

アル王子の手紙の事をかんがえなきゃいけないのよ。


と、少し頭が冷えた時ポツリと頬に水滴を感じた。


え?っと思って見上げると、さっきまでお天気だった空がいつの間にか曇って空気は急速に湿気を含みだす。


強くなってきた風がドレスの裾を巻き上げると…


ポツポツと滴が連続して、

「雨だ!」

と思った時には、ザァーーという音が濃い雨雲の下から聞こえ出す。


慌てて辺りを見回すとすこし先だけど小さなガゼボがあった。


小さな六角形の屋根の東屋の上には、

風見鳥がくるくる回っている。


とにかくあそこまで走れば雨は避けられるかもしれない。

いまや少しずつ雨をすってまとわりつくドレスの裾を持ち駆け出した。


けれどガゼボまで半分と言うところで雨脚に追いつかれて、あっという間にずぶぬれになってしまった。


思った以上に強い雨に屋根を求めて、とりあえずガゼボまでたどり着く。


髪もドレスもたぶん下着までも水浸し…


ふーっと息を吐いて呼吸を整え振り返ると雨に煙って、庭が灰色の世界になっていた。


六角形のガゼボの中心には柱があって、その柱に沿う様にベンチが設置されている。


とりあえず座ろうとしたとき、柱の向こうに人の気配がした。


先客がいたのかなぁと、そちらに回り込みながら声をかける

「すごい雨です、ね……うぇっ!」

姿を認識した瞬間、思った以上の拒否反応が出た。


長い脚と腕を組んでベンチに深く腰かけ、黒いローブのフードは深めに被っているが、でも忘れもしないその黒い髪と眼鏡の淵が見える──ラル王子。


もう、がっかり通り越して、茫然自失。


あの形のいい唇が少し開いて

「チッ…」

舌打ちされた


ぐぬぬ……なぜだろうかなぁ?(怒)

舌打される理由がわからない(怒)


この庭は確かにあなたの国のモノであるでしょうけど?


雨宿りした他国の姫に舌打するほどここに来てほしくないなら、このガゼボを『黒ローブ眼鏡以外立ち入り禁止』とかって札たててたらいいでしょ!?


拳を握り…黒ローブ野郎から離れるように柱の反対側のベンチにすわる。


ドレスはすっかり雨に濡れて肌に張り付く。


雨脚が少しでも収まったら、部屋に帰ってお風呂に入るんだ。


後ろにいるローブが真っ黒なら腹も真っ黒王子の事は忘れて、ゆっくりアル王子の事をかんがえるんだ。


そう思って裾の水を絞る。


ぼたぼた!と水は落ちるけど乾くわけじゃなくて、時折舞い込む風がまた雨粒をぶつけてくる。

「うわぷっ!」

丁度風が入り込む方向だったのかぁ…しぼっても結局また濡れてしまうので諦めて、ただ降り続く雨を呆然と見ていた。


「はっくしゅん!ひぇ…」

風が体温を奪うのか冷えてきたのか一瞬震える。


はやく、雨が弱くなんないかなぁ。

あぁ、どうせ濡れるならもう強行突破もありなのか?

と思っていた時


「おい」

後ろから低いあの声が聞こえた。


この空間にはあいつと私しかいない確実に私にかけられてる声だろう、どう反応していいやら。

このまま聞こえなかったふりとかしちゃおうかなぁ…


「ちっ…っおいっ!」

面倒くさそうに舌打ちしてから、こちらにしっかり声をかけてくる。


急に気配が近づいて顔の横に黒い影が落ちる。


目線だけをそっと向けると黒いローブが無造作に差し出されている。


なに?これで雨を拭けってことか?

考えてみたらこの人、口数は極端に少ないのかもしれない。


書庫であった時も必要最低限の言葉を伝えてきた気がする。

だが、今回は申し訳ないけどわかりたくない。


というか、関わりたくない。


八つ当たりだったろうけど八つ当たりされたから、乙女心は傷ついたのだ!


私はそれを押し返して

「結構です」

と言って立ち上がった。


もう、こうなったら強行突破しかないと雨の中に出ようとした途端──腕を掴まれて引き戻される。


勢いよく不意をつかれたのでさっきまで座ってた場所にまたストンと座ってしまう。


そして、頭の上の柱にどん!と音をたて大きな両手があてられる


驚いて見上げると


彼は右手で眼鏡を直した。

その奥の細められた夜色の瞳が私を映している。


ただでさえ長身の彼を椅子に座って見上げる。

覆いかぶさるように私の進路をふさいだ彼が言った。


「そうやって誘惑してるわけ?」

ワザとらしく目線を動かすはっと気が付いて自分の体を見ると


濡れたドレスは肌にまとわりつくだけでなく、薄い生地に下着のレースがわかるほどくっきり透けている。


さらに体のラインにぺったりとくっついて、ある意味裸より恥ずかしい状態になっていた。


顔に血が一気に登ってくる。

さっきまで寒いって思っていたのに、頬が熱い、心臓がどきどきと波打ち始める。


そしてなにより、そんな恰好をこの陰湿な眼鏡野郎に見られたうえでまたそれをネタにイヤミを言われた。

…くやしい…


彼になにか悪いことしたのか私は?


鼻の奥がツーンと痺れる…突然向けられる敵意は今までにもあった。


嫉妬や八つ当たりは、身構えていればなんとか切り抜けられる。


そうやって生きてきたんだ。


でも…まさか、こんなに直接的に不意打ちでくらう事になるとは…きっといつもの私なら『ごめんあそばせぇ』とかいって優雅に切り抜けているはずだ。


なのに、この男はいつも不意を衝いてくる!


耐えられなくなって彼の腰を両手で突き飛ばす!

彼にとっては不意打ちだったのだろうすこしよろけて数歩下がる。


その隙を狙って雨の中飛び出す


一目散に走りだす。


なりふり構わない全力疾走。


跳ねる泥も乱れる髪も何もかもほっといてあの瞳から逃げる。


息があがって景色が歪む。

それは雨が瞳に入っただけだから…仕方ない。

決して泣いているわけじゃない。


そんなに、弱くないんだ私は…


かの有名な当て馬姫が胸の一つや二つ下着の一つや二つ見られたからって、動揺するなんてちゃんちゃらおかしいのだ。


見られたからって、減るもんじゃないんだから…


走りに走ってなんとか渡り廊下の入り口までなんとかたどり着いた。


そこで、はたと気が付く


この格好で城内を、部屋まで行くことが出来るだろうか……


雨は小降りになってきていた。


人が動き出したら見られてしまう。


減るもんじゃない…そう思いながらも…

…そのまま室内にはいれず…。

どうしたらいいかわからずしゃがみ込んで目を閉じる。


じんわりと目頭が熱くなって肩が震えだす。


その時…ふわりと暖かい布に包まれる。

──優しい肌触り。


はっとして目を開くと真夜中色のローブに包まれていた。


その光沢は暖かく淵に施された魔術的な文様が、青く淡く光っている。


誰のものかわかって顔を上げる。


でも、そこにはもう誰の人影もない。


室内をみると階段を上っていく白いシャツの背中が見えた…


雨の中を追いかけたにしては一切濡れていないそのローブ。


魔術の中には、瞬時に空間を移動する呪文が存在するらしい。


ただそれを使えるのは相当な技術の持ち主。


そう、天才と謳われる彼なら可能なのだと…


助かった…助けられた。


彼にとっては憐みだろう。

それがなんであろうと雨に濡れてしまったのは、彼のせいではないのだから感謝しなければいけない。


複雑な思いに、唇を噛んだ。


しっかりとローブを身にまとい室内にはいると、傘とタオルをもっているハトナに出会った。


雨が降っても帰ってこない私を探して外に出ようとしてたようだ。


纏っているローブに目を向けるが特にそれについては聞かず、風呂の用意をするので早急に温まってくださいと部屋に付き添ってくれる。


ハトナはすれ違うメイドに暖かいお茶を頼んで、部屋に入るとバスローブを渡して急いで着替えるように言ってくれる


すぐに暖かいハーブティーが届いてそれを飲んで体を温める。


ハトナがお風呂の用意をしてくれたのでファルゴアから持ってきた檜から作った精油を数滴、湯船に垂らして入る。


爽やかな香りが疲れた精神を癒してくれる。


殺菌作用もあって、風邪をひきそうな時はお風呂はこれをいれてしっかり温まる。


たっぷりの蒸気のなか檜の香りに包まれて心にあったもやもやもほんの少し晴れたきがした…


そうか!!!

アル王子にもこの香りで少しは疲れを忘れてもらえるかも。

ティシュにこの精油をたらして便箋と封筒を夕食までの間包んでおこう。

そうしたら、香りが手紙に付いてアル王子に届くはず。


雨にうたれたり、あのイヤミ眼鏡に…って、それはいいや。

まー結果オーライという事にしておこう。


挫けそうだった心を立て直す。

前向きにならないと前に進めない。

そう、そうやって生きてきたんだから…

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