第十三話 当て馬おどし
昼食は軽めにしたいと伝えたら、部屋で食べてもカフェテリアや外で食べるのならバスケットで用意することもできるという事で、すっかり煮詰まってたから気分転換に外で食べたいと伝える。
数分後、バスケットを持ったハトナがもう一人の若いメイドさんとやってきた。
日よけの傘と敷物を持ってきてくれている。
外の空気を吸って気分転換すれば、きっといいアイデアも浮かぶはず♪上機嫌で部屋を後にした。
庭にでる渡り廊下を歩いているところで、向こうが何やら騒がしいのに気が付いた。
数人の着飾った女性が長身でローブをまとった男性を囲んで黄色い声を上げている。
何事かとみているとハトナが微かに眉間に皺を寄せていた。
着飾った集団の身なりからすると、もしかして花嫁候補者なのだろうか?
その疑問をハトナに向けると「ええ」と肯定して、やれやれというふうに首を小さく振る。
傘を持ってくれていた若いメイドが
「まったく!!あの方たちは、二日前からいらっしゃってる方々でトラブルになるから他の方との接触は控えてください。って言ってるのに、こんな機会めったにないからって好き勝手し放題なんです!!
顔見知りだからって勝手に徒党を組んで、課題もおつきの人に任せて自分たちはああやって遊びほうけてるんです!!」
きっといろいろ不満が積み重なっているんだろう。
若いメイドは目をパチパチさせながら、口をとがらせてタコのような顔になって愚痴を言う。
そんな顔が可愛くてほほえましく聞いていると
「こら、お客様の前では慎みなさい」
ピシャリとハトナに怒られる。
あからさまにしょぼんとしてしまったメイドに
「こんなに至れり尽くせりでおもてなしされていると、嬉しくなってしまってハメを外してしまうかもしれないわね。
本当に感謝しているわ。」
と笑いかけると、「とんでもないでございますぅ」と言って顔を赤らめた。
それにはハトナも少し表情を和らげて「まことに申し訳ありません」と言い。若いメイドはこれ以上の御咎めはなし!という空気にほっと胸をなでおろしていた。
そんなやり取りの間もキャーという歓声が上がったりしている。
渦中の男性は輪から逃げ出そうとするたび、行く手を阻まれ囲まれて逃げ出せずにいるようだ。
あの男性は?とハトナに問うと。
「第二王子のラル殿下です」
と答えが返ってくる。
そうだった、この国にはアル王子の他に弟の王子がいて、その人はたしか、魔法の才が優れているという。留学していた魔術師学園都市で、最年少で博士号を習得したほどの実力の持ち主だとルミナーテが教えてくれた。
若いメイドが、こそこそと私に
「アル殿下がだめならラル殿下に乗り換えるとか言ってるんですよぉ!あの人たち!」
そういってまたタコになる。
あの集団を避ける為に渡り廊下を引き返して、別の通路から庭に出よう。という事になりハトナと若いメイドが離れたところで相談している。
私は勧められた渡り廊下に置いてあるベンチで座って、行先が決まるのを待つことにした。
キャーキャー言ってる集団がなんとなく気になって、暇つぶし的にみていると…
不満そうな声があがって、王子様が逃げるようにこちらに向かってきた。
なんとか逃げ出せた様ね、よかったよかったと思いながら、王子だというならちゃんと拝礼したほうがいいかしらと思いベンチをたった。
そして向かってくる人物を観察する。
黒い髪は、陽の光にすけて青く輝く。
眼鏡をかけた閑静な顔だちが今は苛立たしげに眉間に皺が寄っている。
切れ長の目に黒い瞳。
透けるような白い肌に──形の良い唇?
どことなく王妃様に似ていて……???
あれ?おや??見たことあるっていうか…
まるで想像もしなかった出来事に私の脳は少しだけ混乱した。
──昨夜の司書じゃないの?!え?でもさっきハトナが王子って??
目の前を通り過ぎようとしている彼に
「ラル王子なんですか?」
と驚いた私は、無防備に声をかけてしまった。
青が混じった瞳が氷のように冷たく私をにらんだ。
そして苛立たしげに眉間に皺をよせて
「あんたもか…」
長身からの高低差をいかした文字通りの見下し。
蔑み歪む唇から吐き出される言葉は、昨夜の面倒くさがりながらも優しく対応してくれた人とはまるで別人で。
呆けたようにただ見つめる私を彼は鼻で笑い飛ばし
「必死だな…」
そういって、胸元を覗く
「俺に媚を売っても無駄だから」
あからさまに向けられる敵意。
驚きの次に来たのは突然の侮辱。
心を覗く余裕もない。
去っていく黒いローブが風になびく。
その黒い風に当てられたように私はベンチにヘナヘナと腰を下ろした。
意識せずに止めいていたのだろうか…息をなんとか吐き出す。
そして、深呼吸すると頭が動き出す。
たしかに、あんな集団に囲まれて大変だったと思う。
──10歩譲ろう
きっと城内もいつになく騒がしく落ち着ける場所もないのかもしれない。
──20歩譲ろう
お見合いは兄のであって自分のではないそれもわかる。
──40歩譲ろう
きっと無関係だから関わりたくないのだろう。
──50歩譲ろう
この国の王子に声をかけてしまったのは確かに無礼だったかも知れない。
はいはい、──100歩譲ってあげてもいいわよ。
だけどね!!
なーぁんでぇ!あたしが!!!
八つ当たりされなきゃいけないわけ?!!!
私はあなたがラル王子なのかときいただけでしょ?
しかも敬語だぞ!!
田舎だけど一応他国の姫だぞ!!!国賓だぞ!!!
しかも!!!
昨日あってただろうが!!!
おまえは覚えてないのか!!
確かに化粧してるけど、服装だって違うけど!
肌だって瞳だって髪の毛の色だって声だって昨日と一緒じゃ!!!
それなりにお互いを記憶するぐらいの間話したでしょうが!
よく見りゃ解るでしょ!!!
それにっ、それにぃ!!!
あんたは胸を見ただろう!!!
つーか胸しか見なかっただろう!!!
別に今日は特に意識してないわ!!
だいたいこういう服はみんな着ているだろう!!!
パーティーのドレスじゃないんだ!!!
普段着だぁ!!!!!
ベンチに座りながら怒りが次から次から吹き出てきて収まらない。
大声で叫びたいけど、ここはあくまで他国の王宮だ。
ただひたすら拳を握って耐えるしかない。
そうしてると、行き先が決まったのかハトナがそばに寄ってきてくれた。
「クラァス様……どうされました?お顔の色がすぐれませんが?」
私の変化にいち早く気付いてくれる。ハトナはよいメイドさんだな。若いメイドさんも心配そうに覗きこむ。
そんな二人の優しさに癒されてなんとか平静を保つことができた。
もう一度小さく深呼吸して
「おなかが空いてフラフラしちゃった」
といって笑う。
するとハトナはすこしホッとした顔をした。
若いメイドは笑って
「よい場所を見つけたので急ぎましょう。姫だけの特等席ですよ。」
と元気に歩き出した。
ハトナと私は苦笑して彼女の元気な先導にしたがって昼食場所を目指すことにした。
あの失礼な人の事は、とりあえず事故だったとおもって、忘れよう!
第二王子だか弟だか知らないけど?!
私の相手は第一王子のアル王子だから。
素敵な景色と開放的な空気で美味しい食事を頂けるんだもん。
気に留めるだけ損だとなんとか切り替えて昼食をとるのだった。
アルとラルって似すぎてますね。
アルが第一王子
ラルが第二王子です。
名前を変えようかとも思ったんですが、とりあえずそのままです。
ネーミングというのはなかなか難しいものですね。