第十二話 当て馬試し
天馬に乗っている夢を見た。
背中にたくましい温もりを感じていた。
あの人と二人で空を翔る。
『あれが私の国ファルゴアよ』
彼の顔をみようと振り返る──彼の顔がみえ……
「クラァス様、朝食の準備ができました」
冷静なハトナの声で夢は途切れた。
目を開けたくないけど、もう目はさめちゃった。
夢の中の人の顔が見えそうで見えない──お約束ぅ~これ、もうオヤクソクだからぁ~。
目を閉じてお約束との戦いをしている私に、ハトナは親切にもう一度声をかけてくれた。
さすがに二度寝できるほどの精神力はなく、ベッドから起き上がりガウンを着て、朝食の用意されたテーブルへとつく。
香ばしいパンの匂い。ベーコンも美味しそう。
でもまずは美容のためにもサラダから。
朝から美味しい幸せに浸りながら食べていると、ハトナが今日の課題について説明する。
「昨夜お伝えした通り。本日は基本的にご自由にお過ごしください。ただ、課題としてアル殿下へのお手紙を書いて頂きます」
手紙かぁ、一般教養ってところかしら?
王妃になった時、他国への書簡を書くこともある。
そんな時最低限のマナーが備わっているかを見極めるためだろう。
姫であればそれなりの教育はされているけど、たしか、商家のご令嬢も来ているんだよね。納得いくわね。
「わかったわ、いつまでに書き上げておけばいいのかしら?」
「夕食前に預かりに参ります。便箋や封筒はふみ机に入っております。他にわからないことがあったらいつでもお呼びくださいませ」
「夕食前ね。ありがとう」
朝食をすませて着替えと化粧をして、ハトナの淹れてくれた紅茶を飲む。
今日の服装は淡い緑のエンパイア型のワンピース。
金色と銀色と淡い緑のビーズで飾られた胸の切り返しの下から裾まで薄い布が折り重なって柔らかいシルエットを作る。
広い衿ぐりは、この服の特徴で胸は自然と強調される。
袖は肘あたりから手首の辺りまで綺麗に広がっている。
今日一日は手紙を書いたり本を読んだりして過ごす。
だからこれぐらいラフな格好で大丈夫でしょう。
出あるけたとしても散歩ぐらいよね。
今日は体を動かしてないなぁ…
城では基本的に朝食前に剣の稽古をして体を動かしてた。
馬車旅の時は、騎士が稽古をつけてくれる。
適度な運動で体を引き締めるのが目的だけど、自分の身は自分で守らなければいけない事も残念ながら過去に何度かあったから一石二鳥。
どれだけ警戒しても、それこそ、妬み・嫉みの渦中にいるんだからしかたない。
女の敵は女。
お見合い先の国が守っている本人たちが内部から仕掛けてくるんだから、対応が一歩遅れてしまう。
つまり、そこを警戒しておけば基本は安全のはずなんだけど…
はぁぁ…ため息がでる。
本当は誰かに守ってもらいたいのに、守ってもらう相手を探す為に自分を守るかぁ~
なんかすごく本末転倒な気がして暗くなる。
あぁー暗くなってどうする!
今回はそんなところも考慮されての個別対応なのだから十分守られてるじゃないのぉ!
朝の稽古が体をほぐすのに丁度いいそれでいいのよ!
別に一人で生きていくために鍛えてるんじゃないんだからね。
まずは、課題の事を考えよう。
そしてそれが終わったら、明日朝、体を動かしていい場所がないか聞いてみよう。
しかし、いくらお見合いとはいえ公務を終えて、24名の手紙を読むのも大変な仕事だろうなぁ。
きっとあの王子なら真面目にしっかり読んでくれるだろうけどね。
私の噂も聞いてるだろうし、いうなれば田舎の姫だ。
それでも、きちんと話をしてくれてた。
そんな優しいあの人を少しだけでも癒せたらと思う。
「ハトナ?」
寝室スペースでベッドメイクやドレッサールームを掃除していたハトナが私の声を聞き「なんでしょう」とやってくる。
「アル王子は公務とかないとき、何をしてるのかしら?
気分転換になにかされたりするのかしら?」
手紙の話題探しとしての情報提供ならハトナも協力してくれるはず。
「森の中を愛馬で駆けられていらっしゃるようです。
騎士たちが王子を見失わないようにするのが大変だと言っているのを聞いたことがあります。」
乗馬かぁ、しかも森の中を駆け抜けるなんてアル王子らしい勇猛な気分転換に納得した。
「ハトナありがとう。」
でも、あまりにも豪快な内容だったからあまり参考にはできなかった。とりあえず、癒し部分はあとから考えるとして、試験の内容である手紙を書き始めることにした。
内容に関しては、きっと王子以外の他の方も目にするだろうからあくまでも知的に、そして王子への感謝をしっかりとそして好意をほんのりと。
そんなに時間をかけないで出来上がった手紙。
王子だけが目にするのであれば内容はちがってくるのだけど。
丁寧にいろいろ考えて書いてはいるのだけど、ちょっとあたりさわりなさすぎるかしら…
かといって、あまり思いを綴りすぎるとしつこくなるし…
迷いながら読み返す。
いえ、ここは平均点を狙うぐらいの気持ちで行こう。
変に固くなって自分の気持ち以上のものを載せたってそれは嘘くさい。
まだ会って2日目。
スタートラインに立ったこの状態で素直にその距離感で書けばいいのよ!
内容はこれでいいとして…
さりげなく、王子の疲れを一瞬でも忘れてもらえる工夫…
うーん…考えをめぐらす。
絵を書くにしても私には絵心は残念ながらない。
幼い私が父を書いた絵は『イガグリ』という題名がついてしまったほどだ。
折角知的アピールなのにお子様かって思われたら台無しだ。
押し花は?──時間ないわね。
なにか小さなプレゼント……森を走るのが好き…森…木の枝?──封筒に入るぐらいの枝って、ゴミかとおもわれちゃう。
愛馬の毛?──怒られちゃうよ、てか怖いし
あーこまったなぁ。
考えにふけったり、途中で気分転換という現実逃避で昨日借りた本を読んだりして午前中が過ぎていく。
短編の物語が思いのほか面白くて、あっという間に読んでしまった。他の本も早く借りたくなった。
今夜も行ってみようそんな事を思って、わー、違う違う!!!
何とか手紙の存在を思い出す。
最悪、時間切れでこのまま提出ってのもありなのかぁ。
と煮詰まって来たところでハトナが昼食の相談で部屋にきた。