第十一話 当て馬楽し
のは…ほんの数分で…
なんじゃこりゃーー!!
まず、分類とかされてない気がする。
たぶん、本の題名が文字列順に並んでいると思うけど、ほとんどが魔法の専門書のようだ。
さすがにちんぷんかんぷんだ。
時々、現れる実用書や物語もあるけど、それこそ雑多にまぜこぜで地質の事を書いた本の横に料理の本があるみたいな。
分類ってとても大切な事だってよくわかった。
そして、広がる本の棚の海に私は途方にくれた。
そして、助けを求めるとしたらあの彼しかいない。
ちらりと彼をみると目の前の本に集中していてこちらには全く無関心だ。
とても親切な人な感じはしないし、他人とかかわることを面倒だと思っていたのはわかってる、
夜中に現れた他国人ですし、できればご迷惑をおかけしたくないのだけど、それらを考慮した上で言わせて頂ければっ
――あんた司書なんだからちょっとはお仕事しないさいよと!!!
言いたい気持ちをぐっとこらえ
「あの…お聞きしてもいいでしょうか?」
集中している彼の背中に声をかけた。
「はぁ…なに?」
あからさまにため息をついて本を音を立てて閉じる。
長い脚を組んだままこちらに振り返り、頬杖をついて眼鏡越しに冷たい目線が飛んでくる。
あ、瞳の色もすこし青が混ざってるのかぁ。
黒に微かに交る青、まるで夜空…
でも、心では面倒だとは思いながら、そこに拒絶は感じられない。
態度から感じる冷たさを心からは感じない。
しつこくし邪魔しなければ協力はしてくれるタイプの人かな?と思う。
きっと、頭がすごくいい人だろうから、きちんと要点を伝えればいいはず。
「ピコランダの伝記や英雄譚などが書かれたものと、短編で物語が書かれているものを探しています。」
彼はすっと立ち上がる
「何冊」
「お借りしてよろしいのなら1冊づつ」
「座ってろ」
低い声はすこしハスキーに空気が混ざる。その音はこの書庫に溶けるように響いた。
彼は棚の奥へ消えていく。
カツカツと迷いのない足音が聞こえる、時々止まる足音。
本を取っているのかなたいして時間をかけずに目の前に10冊の本が並んだ。
うお、伝記ぽいものと物語と思われるものが5冊ずつ
「ここに置いておくから、適当にもってって適当に返して」
そうぶっきらぼうに言ってまた本を読み始める。
すごいなぁ、この書庫にある本がどこに何があるか覚えてるんだな。まぁここを管理してるなら当たり前なのかもしれないけど管理する本棚の目印とか見えないし、検索札とかはたぶん、ないんだよなぁ。
記憶だけで探して持ってきてくれたのだろうなぁ。
ささ、お邪魔しちゃ悪いからとりあえず、簡単そうなのを部屋にもってかえるかな。
「ありがとうございます」
お礼を言って本を上から見始める。
パラパラとめくるとピコランダの英雄の話が書いてあるようだ。
別の本に手を伸ばす挿絵がたくさん書かれていて、気軽に読めそうなのがあった。
伝記はとりあえず、これと…物語は…
と本に手をかけようとすると、向かい側で本を読んでたと思っていたさっきの司書さんが、肩肘をついてこちらを見ていた。
目が完全にあってしまったので、そのまま無視もできず
「挿絵があるのはありがたいです」
と笑ってみた。
一瞬かれはその涼しげな瞳を開いた、
そして細めて
「フッ…」
と微かに笑った。
「どこの人?」と聞かれる。
面倒くさいモードからすこしだけきりかわったのかな?
「ファルゴア…です」
そういうと彼は背もたれに持たれて
『あぁ』という顔をした。
あー今きっと私の事…姫であるあたしの事ね。
当て馬姫かぁって思ったよ絶対…いいんだけどさぁ。
こういうの慣れてるしね。むかつくけど気にしない…よっ!
「あ、そういえばファルゴアにもあったよな」
彼はなにか思い当ったように呟く
「眠る竜の伝説」
ドキっとした。
他国で、小さな自分の国の伝説を聞くなんて思いもよらなかった。知ってくれている人がいたとは、でも彼ならなんだか不思議ではなかった。
これだけの書庫を管理してる人だ。
もしかしたら何かの文献に書いてあったのかもね。
でも嬉しくて
「はい!ありますよ。小さいころからずーっと聞かされてて、耳にタコができるほどだったけど。まさかピコランダの土地でその話が出るなんて、ちょっと嬉しい」
テンションが上がる。
着ている服や髪型のせいで、他国にいて姫でいるときには決して出せない自分が、ファルゴアにいるときのような自分がついつい出てきてしまう。
でも、彼もさっきより柔らかい空気になってる気がする。
「伝説は各地にある…」
想いを馳せる様に呟く。
たしかに、今までいった国でも竜の伝説が存在する土地があった。
思当たった国を2か所言ってみる。すると彼も嬉しそうに口角を上げる正解だったみたい、彼も
「ファルゴアの竜はたしか、闇の暴走を止める為に今は眠ってるんだよな?」
クイズで答えを当てるように考えながら彼は言う
「正解!」
「よしっ」と言う感じで彼は小さく右手を握った。
「竜の伝説はどこで聞いたの?」
知識の出どころが気になって聞いてみる。
「殆どは本」
そういってこの書庫を見渡す
「あとは商人とか」
他国の派手な英雄譚はまだしも、ファルゴアの竜の伝説が書かれた本があるとは思えなかったけど
「ファルゴアも、もしかして本?」
ちょっとした期待を込めて聞いてみる。
彼は、わざとわかる残念そうな顔を作って首を振る。
ですよねぇ…ファルゴアは小国ですよ、わかってたけど、しょぼんとする。
本に書かれてたら我が国もなんか有名になったっ!て気がしたんだけどなぁ、有名にはならないかぁ。
それよりも、私の当て馬姫伝説の方が先に書籍化されそうで怖い…考えるとちょっと落ち込んだ。
「眉間の皺」
冷静な声がかかる。
はっ!
眉間の皺は老化の先駆け!
あわてて眉間をコシコシとこする。
すると彼はククっと今度は机に突っ伏して笑っている。
和らいだ空気が心地よくて私も笑った。
各地には伝説にまつわる土地や行事があるという話から
「ファルゴアにもあるのか?竜に関わる事」
両腕を頭の後ろで組んで背中を伸ばしながら聞いてきた。
「あるよ」
その最たるものが、私の能力なんだけど…これは秘密なので言えない。
だから私は毎年収穫祭として行われる『竜鍛え祭』の話をした。
この祭りのメインイベントは、伝説に即してファルゴアの眠る竜を守る力を鍛える為にという事で行われる”力試し”がある。
ここで優勝すると『竜人』の称号が与えられる他、農繁期もしくは繁忙期の手伝いを王宮に優先的に頼める権利がもらえる。
という、ほのぼのしたものなのだが国民はみんなここぞとばかりに自分を鍛えて挑む。
平和な国でも魔物が出ることもあるので鍛えておくことに損はないからだし、何より彼らの楽しみの一つである。
「そして、この祭りはある時、名前をかえるの」
相槌や、時々気になった言葉を聞き返すなどして聞いてくれてた彼が問う。
「祭りが名前をかえるのか?」
確かに他の地方にこんな習慣めったにないだろうな。
平和なファルゴアだからこそできる祭りだと思う。
彼の疑問に大きく頷き
「『竜狩り祭』になるのよ。」
彼はすこし怪訝そうに言う
「りゅうがり?狩る?狩猟か?」
私もわざと怪訝に
「そう、今まで鍛えてきた竜を我らがファルゴアの姫が捕えるのよ!」
架空の弓をつくりその矢を彼に飛ばすしぐさをする。
彼も小さく心臓に矢を受けたというリアクションをしてくれる。
なかなかノリがいい♪
ふふっと笑い会って種明かし
「ファルゴアの王位継承者が女の子だった場合」
本当は土地の魔力で女児が生まれてくるのだけど、それは他国ではあまり理解されないのでこんな説明をする。
「その姫が婿を選ぶんだけど、その婿選びをこの祭りでやるの。つまり狩人は王女様で狩られるのはその年の最強の証、『竜人』を手に入れた人って訳」
あっけにとられている彼。
「といっても…出来レースなのよね。その年の竜人を選ぶのは姫なの姫が婿にしたい人を『竜人』として選ぶ。」
夜色の瞳が興味深そうに私を見つめる
「『竜狩り祭』をするっていうお触れがでると王になりたいと思う人が姫の試練を受ける。その試練の内容だって姫が決めちゃう!
姫の意中の人が選ばれるようになってるわけ」
心が分かっちゃう私たち王族だから出来る祭りだと思う。
自分の意中の人が参加してくれるのが分からなければいつも通り
竜鍛え祭りになるだけなのだから。
きっと他の国には不思議な習慣だろうなぁ。
「不思議だ…竜の力が何か介在してるのだろうか…」
彼は真剣につぶやいた。
心の中で『正解!』と言う。この話を王族の横暴だ!と怒らず、のんびりしてるなぁと笑い飛ばさないでいてくれるのはファルゴア国民だけかと思いきや、ここにもいてくれた。
自然と口元がほころぶ。
そして彼は言う
「各国に伝わる竜の伝説には、共通点が何個か存在する。
不思議な力や夢物語だけでは納得いかない興味深い部分があるんだ」
静かだけど彼の目に熱い思いが伺える。
「俺は、それを調べて研究してみたい」
本の中だけでなく事実を調べて回る、机上の空論では終わらせない探究心。
眼鏡の奥の瞳は静かに青く燃えている
「ただ…純粋な興味だから、そんな時間はないけど」
すこし淋しそうに瞳を伏せる。
仕事が忙しくて個人的な趣味の研究をしている時間がないということか。
何かを抑え込むような、そんな諦め方をしている彼がこんな風に思ってるなんて。
失礼なのかもしれないけど彼が膝を抱える少年に見えた…
だから、本当はそんなに深く調べられちゃったらまずいのかもしれないけど…
彼になら調べてもらいたい…純粋に素直に…
彼が興味深いと思う事を調べて欲しいそんな風に思ったら
「是非、時間ができたら、ファルゴアに遊びにきてね」
暖かな気持ちから自然と声がでていた。
彼は私の顔をみて。
すこし目を細めた。そして、ふんわり笑って
「ああ」
と言った。
書庫の中の時計だろうか、夜が深くなった事を告げる鐘の音がゆっくり聞こえた。
「うわ、こんな時間!」
私は、あわててさっき選んだ伝記と一番上にあった物語をもつ。そして彼に
「これ借ります。ありがとう」
そういって慌ただしく書庫を出る。
彼が扉の前にたって見送ってくれるそれに手を振って走り出す。
玉砂利の上を走るもんだから派手に鳴る。
でもそれは、よい出会いと楽しい時間に対する私の心のウキウキを代弁してくれてるようで、あくびする見張りの兵士に驚かれながら上機嫌で部屋に帰り着いたのだった。
さて寝間着に着替えて本をひらくそこで、彼の知的な瞳を思い出す。
「あ!」
名前を聞くのを忘れていたのに気が付いた…
でも、またあの書庫にいけばあえると思うと
「また、その時に聞けばいいや」
そう思った。
そして私は心地よい眠気に包まれ、すーっと夢の世界に入っていった…。




