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第十話 当て馬隠し

まだ真ん丸には程遠い白い月から淡たい光が降りそそぐ。


白い玉砂利が敷き詰められ、歩くと小気味よい音がする。

ところどころに(とも)る外灯が静かに揺れている。


湯を浴びタシーのマッサージでリラックスした私は、うとうとしながらもなんとか帰国するタシー達を見送った。


これからは一人で頑張んなきゃいけないんだなぁ…

離れていく馬車を見ながら思う。


毎度の事ながらやっぱりこの瞬間はちょっとしんみりとしてしまう。


「クラァス様、御部屋にもどりましょう」

馬車が夜の中に溶けていくと、しずかにそう声をかけてくれたのは、ピコランダで私の世話をしてくれるメイドさんのハトナだった。


ハトナはとても落ち着いている人で、タシーとの業務的なやり取りを聞く限り、この仕事にとても誇りをもっているんだなーと思えた。


心も安定していて、この仕事を達成させたいという思いがひしひしと伝わってくる。


ただ、彼女自身から受ける印象は冷静沈着。必要以上の事は言わないタイプのメイドさんだった。

他国の姫との距離感をきちんと守れる人だ。こういう人は心が覗ける私にとって実はとても信頼できる。噂話や風評に左右されず、きちんとお仕事をしてくれるからだ。


良い人がついてくれたなと思った。


ハトナに付き添われ部屋に戻ると眠気はすっかりさめてしまっていた。


「ハトナ、まだ眠れそうにないのだけど一人で散歩しても平気かしら?」


遅すぎないけど、もうすぐで遅いといわれる微妙な時間である。

ただ、城の敷地内はかなりの警備の兵士が立っていて、外灯もいつもより多くたかれているとタシーが言っていた。

ハトナは表情は変えずに「こちらへ」といってベランダに私を促した。


そしてベランダから見える庭園をさして

「あちらの庭園でしたら明るいですし、兵士もところどころに立っております。玉砂利の敷いてある所なら、御ひとりで出歩かれても大丈夫です。

 それ以外に御出になられると、たとえクラァス様でも兵士に捕まりますのでご注意くださいませ。」


両腕を兵士に捕まってしまった自分を想像して首を左右にふる。

「うっ…気を付けます」

神妙に答えるとハトナはかすかに表情を緩めてくれた気がした。


そして、また冷静な顔に戻って

「明日の朝食はこちらにお持ちします。明日の予定ですが、アル殿下は、ご公務のため城におられません。ですので、基本的にはお体を休めていただく日となっております。

 ですが、課題を用意しております。その内容については、朝食の時にお話しいたします。」


花嫁選定試験、2日目の課題かぁー…がんばらなきゃ!


「何かご用がありましたらいつでもお呼びください。では、失礼いたします」

そういってハトナは下がっていった。


そして私は持ってきた服の中で一番ゆったりして楽というか、夜の城内を歩いていてもあまり目立たない地味で姫とは思えない服装に着替える。


ちょっとした変装である。


白い木綿地のひざ下丈のワンピースで胸元もきっちり編上げのリボンで閉まっているし、袖も七分のゆったりしたシンプルなものがついているだけで、模様は赤いステッチだけ。

これに、茶色と灰色の薄い布を組み合わせて作ったショールを羽織る。


髪は簡単にくるくると頭のてっぺんでお団子にする。お化粧もしないでおでこも全開!これであれば、他国の姫にあったところで下女とおもわれるだろうから安心。

お城の中なら、誰彼かまわず誘うたちの悪い酔っぱらいに絡まれるなんてこともないでしょう?


そうして、道すがら警備の兵士に姫に頼まれごとしちゃって大変って風を装って、

「こんばんわー」

などと気さくに声をかけながら、庭園にやってきた。


-ジャリっ、ジャリッ

白い石が一足ごとに鳴る。

白い道を歩きながら月を見上げて今日を思い返す。


大国に来た緊張やアル王子との面会、素敵な劇場、音楽、緑ローブの可愛い姫は、要注意人物!!!


今日とこれからの日々に少し興奮してしまっているのかな?


すこしだけ散歩して夜空を見上げたりしてたら、きっと落ち着いて眠くなるはずだ。


白い石はところどころ月の光を反射してキラキラしている。

その光に誘われるようにゆっくりと歩く。


どれぐらい歩いたのか…。


目の前にガラス張りのホールのようなものが見えた。


玉砂利の道はなんとか続いていて、たぶんあそこまで行って大丈夫だと思われる。


広い円柱の4分の1がガラス張りになっている。

ホールのような部分は二階建ての高さがあり、そのてっぺんには半球の屋根がついていた。

その後ろには煉瓦造りで、蔦の這う壁が続き、その先にどっしりとした扉があった。ガラス張りになっている部分から暖かい橙の光が漏れてきている。

覗くと、本が何段もの本棚に収められ天井まで埋まっている。

さらに奥にも本棚は続いているようだ。


図書…館?書庫?


実は本を読むのは大好き。

本で読んで想像するのも好きだけど、それが実際に体験できたりすると楽しい。ファルゴアで読んだ本のなかの風景をお見合い先の国で見つけると心が踊った。


想像を超えてると感動するし、想像してたより残念な感じでもそのギャップが面白い。


今までもお見合い先の国で書庫があるとお邪魔していた。

土地の図書にはその土地の情報が満載。


あとはファルゴアにはない素敵な恋物語や夢物語があって、密かな楽しみだったりする。本の数からしても相当の蔵書だ。


興味津々で覗いていると、奥に人影が見えた。

明かりもついてて人影があるという事は、ここは入ってもいいところなのだろうか?


玉砂利圏内でもあったし…時間もたっぷりあるとは言えない時間だし、ちょっと悩んだけど…明日は体を休める日、という事は暇がたっぷりあるのだ。


この国の本を読んで今後に役立てたいし、今日の劇場の天井で見た英雄譚があったらきっと面白い読み物になるだろう。


アル王子との会話のきっかけになればと思うと、俄然本を借りたくなってきた。

駄目でもともと。断られたら部屋に帰ってておとなしく寝るとしよう。


重そうな扉を押すと意外にも軽く扉はあいた。


恐る恐る中に足を踏み入れる


「こんばんは…」

書庫という空間が夜であろうと大きな声を出すのははばかられる。

先ほど見えた人影を探し奥へ行ってみる。


本の匂いがする。

インクや紙、表紙に使われる皮、本棚の木の匂い。

それが本が過ごしてきた時間と混ざって落ち着く空間。


明かりの、濃い橙色がこの空間を琥珀色に染めて、ここだけ時間がゆっくり流れてるんじゃないかと思わせるほど。

ここを作った人は本が大好きなんだろうなぁ。


空間の雰囲気に酔っていた私の耳に、


「ん?」

男性の声が聞こえた。

ハッとしてその声の主を探すと、本棚の影から数冊の分厚い書籍を抱えた長身の男性が歩いてくる。


「あ、すみません。ここは部外者でも利用して大丈夫でしょうか?」


こんな時間に書庫にいるという事はこの書庫を管理してる司書なのだろうか?

彼は机の上に本を置いてこちらを見た。


眼鏡越しに見える切れ長の瞳は知的だ。

品よくカットされている髪は夜に溶けるような黒だけど、光の当たりようで青く透ける。ラフに着ている白いシャツに黒いパンツ。シンプルだけど質が良いのが分かる。


白い肌も、まるでこのまま消えてしまうんじゃないかと思えるほど透明感があってうらやましくなる。


形良い唇が少し開いて、面倒くさそうに

「ああ…」

それだけ言った。


続きを待っても一向にその唇は開くことはなく。

椅子に斜めに腰かけて、自分の持ってきた書籍を読み始めた。


えっと、利用してもいいって意味の『ああ』でいいのかな?


彼は長い指で本のページをめくる。


綺麗な指だなぁと素直にうらやましい。

「なに?」

低い声に我に帰る見惚れてたようで、彼は怪訝そうにこちらを見ている。

「あ…いえ…」

そう言ってひとまず本を探すことにする。


いや、しかし、男性なのに神秘的な人だな…

あ、そうだ!


心を覗いてみる。


面倒くさい。と思ってるみたいだけど、私に対しての不の感情は今のところ見当たらない。


花嫁選定試験で他国の人が行き来してるのは城内ではあたりまえだし、下女がこの時間出歩くのも不思議はないと判断してくれているのだろう。


疑いや不信感はなかった。


とりあえず、ここの利用に関しては大丈夫みたいだ。

安心して本が探せそうだ。


琥珀の空間に沈む物語を探すワクワクが私を高揚させた。

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