第一話 当て馬さらし
~眠る竜の伝説~
この世界の各地に点在する竜の伝説
竜の奇跡は神秘的で
それを化現させた英雄譚に
幼子は心踊らされてきた。
竜の力で干ばつを救う巫女
竜の加護を受け
害なす巨大な蛇を倒す騎士
数多くの伝説が語り継がれてきた。
私の生まれた国ファルゴアにもその伝説はある。
ファルゴアの地下には竜が眠っている。
眠る竜は闇を打ち砕く力を持ち、この地を守るものに力を与え、いずれくる闇の暴走にそなえ今は眠っているのだ。
眠っているのよ竜は…ちなみにその竜は今のところ起きる気配はないみたい。でも…その竜が存在するかしないかでいったら、たぶんいるんじゃないかな?って思うの。
何故かって…守るものに力を与えるってあるでしょ?
そうなの…守る力が備わっちゃってるっぽいのよね私。
というかウチの家系は。
「クラァス姫…」
困惑した呟きがその美しく整った唇から毀れる。
私の名呼んだ彼の心は『困惑』していた。この困惑は突然ベッドに現れた私に対する驚きだろう、
「王子、私は嬉しいです。私を選んでくれて…」
このような日の為に、磨き上げてきた身体。褐色の体は引き締まり肌も絹のようにきめ細かく薔薇の花びらを散らせた湯を浴びて丁寧にブラッシングした銀の髪は…いま月明かりに幻想的に輝いているはず。
父から受け継いだ赤い瞳は熱を帯び
間違いない!今夜私は彼のもの!だわ!!!
「いや、ひとまずベッドから出てくれないか…」
…………???
??あれぇ↑??
これから、このまま彼は私の上におおいかぶさ…らないわけ?照れてるのかな?
「王子、私の事…好きでいてくれたはず…だから今夜っ」
決死の想いで頬を染めて言う!
ところがだ。
私に背を向けて彼は暗い部屋に明かりを灯しだす。
いや、え?その部屋を明るくしたら、ほら、ムードも何もないじゃない??
部屋をあらかた明るくしてくれたお蔭で彼の顔がよく見える。
寄せられた眉間の皺が、その綺麗な顔が不機嫌であることを物語る。それでも冷静に彼は、
「ここには、あなた一人の力では来られない。表の警備を通り抜けて忍び込むなら、俺はもっとあなたの素行をしらべなければならない」
って…え?なんで?素行?疑われちゃってるの私??
「ちょ、ちょっとまってよ?あんたんところの大臣が『本日王子が夜およびだ』っていうから来たんじゃない!警備の人だっていなかったわよ!」
とこっちだって納得いかないから言い返す。
夕食の後、大臣に耳打ちされた言葉。言われたとおりに彼のベッドに潜り込むのに何の障害もありはしなかった。
怒りたいのは私の方だ!
「なんの話だ?」
はぁ?!そっちが言いだしといてそれにあなた私に好感持ってたじゃない!
とにかく、ベッドに潜り込んでる場合じゃない。
きちんと話しよーじゃないの!!!そう決めて怒りにまかせてベッドから降りた時、寝間着の裾を踏んでしまった。
倒れる私を王子は抱きとめてくれた。どんなに不機嫌であろうと怪我をしないようにかばってくれる。
力強い腕、胸の暖かさ、そしてその涼しげな瞳に見つめられたら、きっとどんな女の子だって好きにならないはずはない。
その瞬間
私の背後で扉が開いた…そちらを見た王子が固まる。
扉を開けた人物も固まっているようだ。
------ぱさり
なにかやわらかいものが床に落ちる音がした
あっわかちゃった…”また”なんだ…
彼は私の王子様でなく、いままさに扉を開けた子の王子様なんだ…
私にはわかってしまうのだ。
彼女に向かう彼の愛情、愛情の先にある場所を振り返れば
あぁ、そうきたかぁ、幼馴染のあの子だったかぁ…
彼に対する秘めた想いは、困惑・嫉妬…諦め
こりゃ次は逃亡だなと予想する。
小さく震える吐息を吐いて、彼女は泣きそうになりながら逃げていく…ほらね?
「すまないっ、俺は…」
「追いかけなさいよ。別に私のところみたいな小国足蹴にしたって損も得もないんだから…」
倒れかかっていた体を離す
「ありがとう」
そいって彼は彼女を追いかけたのだ。
くらっと目の前が揺れる。
来ちゃったよ…
舞い散る花びらのなか
白い礼服をきた彼
王冠をたたえ民に微笑む
その横には、あの子がいた
見違えるような美しさ
幸せではち切れそうな笑顔
国王を称える歓声が青く澄んだ空に
いつまでも鳴り響いていた
視界はぼやけて
現実へもどってもまだ、ぼやけていた…
竜の力がファルゴアの王族に与えた力は…人の気持ちが”わかる”という力。考えてることが読めるとかじゃなくて”わかる”という代物。
魔法とは起源を別としているので、一般的に説明できない、
さらに、わかるという微妙さ加減が説得力を欠き、基本はファルゴアの王族の間で秘密にされている。
フラフラと立ち上がり乱れた髪を持ってきたショールで包む。
「帰るか…」
この国に通うようになって1か月。
お年頃の王子にとお見合いを焦る大臣達。
というのも父王が病に倒れて後継ぎをと望む声が急速に高まったかららしい。
一度目に来たとき彼は弱っていた、父王が倒れたのが彼の心労に拍車をかけた。初対面の彼はお見合い話も乗り気で、私への好意もあった。
心を覗いて、”わかった”のだ。
結婚を見据えて私を見ていてくれることが…二回目に来た時、彼の様子が変わっていた。みちがえるほど精神面で強くなっていて、これが本来の彼なのだろうと思わせる王の器があった。
そして今回だ。
で、結果は…この通り。今思うとあの子の出現が
彼を強くしたのだろうなぁ。
あぁ~目を離すとすぐ横やりがはいるんだよね。
そういえば今回のこの国来て彼の心を覗いていなかった…
明日の大事な話って、お見合いの件を白紙に戻したいという話だったのかもしれない。
もしくは、あの幼馴染の姫を快く思わない大臣達の差し金なのか
すくなくとも彼らは私の事を気に入ってくれていたそれは間違いないのだ。私に害を与えようとは微塵も思っていなかった。
でも、上手くいかないものなのね…
もうすこし早く王子の気持ちを覗いておけばよかった。
そしたら、あの子を…泣かすことなかったのになぁ。
まーダメ押しで未来まで見えちゃったし…
この国で与えられた自室にもどる扉の前で涙をぬぐい、ぐっと顎を上げる。
部屋付のメイドに騎士寮でお世話になっているファルゴアの騎士に連絡して、今すぐ帰る支度をするように伝えてもらう。
メイドは一瞬、御気の毒にという顔をする。心を覗くまでもなく
ーわかる…
胸が大きくあいてスリットの深く入った寝間着を脱ぎ捨てる。
さっきまで薔薇の香りがしていたローブに身を包み、とりあえずメイドが帰ってくるまで横になろうと部屋のベッドに横たわった。
思考は漂いだす…
竜の力がファルゴア王族にあたえるこの能力。
さらに、女児、つまり姫には、さらに特殊な能力が備わっている。
ゆえに代々王位継承権は、その力が使える姫が婿に選んだ人物ということになる。
そして、さっき私にダメ押しを食らわした未来が見える力。
これ自体には王位継承権はない。
そう…本当に、おせっかいなまでのダメ押し能力。私の未来は決してみえず、他人の幸せばかり見せられる。
ちなみに王位継承権を持つ力を授かったのは私の妹、双子の妹ベェールだ。
その力は、平和の心と呼ばれ、我がファルゴアに敵意をなす人の心を書き換えてしまうという能力だ。
この能力にかかれば、敵意は消える。ある意味、小国のファルゴアが忘れ去られず、攻められもせず、平和に存続できるのは実は王妃のこの能力があるからなのだ。
といっても、ファルゴアは特に資源もなく、ほぼ自給自足の農耕民族で特に地形として隣国に攻めるときの要になる要素はない。
本当に気まぐれに現れるこの国への敵意。その小さな敵意を摘むために与えられている能力。
土地の魔力で、王族には必ず女児が生まれる。
そして、女児が複数、生まれることは今までのファルゴアの歴史上、稀である。
二卵性双生児としてうまれた私たちは外見はまったく違う。母に似ているのは妹のベェールだった。
色白で透き通るような肌、ブラウンの髪は日に当たると金色に輝く。
私は父に似ている。騎士団長だった父に似て肌は褐色に近く髪はシルバー。
妹が太陽なら私は月だ。
かといって、特に忌み子として隔離されるわけでも妹と比べて差別されることもなく、どちらかと言えば、親ばかな両親に愛情を沢山もらって育ったと思う。
とまー平和に育った私はこの未来が見える能力と人の心が『わかる』能力のお蔭で、ある意味、人を疑うことなく生きてきた。わたしに悪意を持つものは疑わなくてもわかるしね。
もちろん、この能力のもつデメリットも経験し学んできた。
妹が王位を継ぐ未来はすぐ見えた。
だから、私は他の国へ嫁ぎ、その国がファルゴアへ敵意を持つ事のないよう。もしくは、そこから情報を広げてファルゴアへの敵意にいち早く気が付くよう貢献しようと、各国からやってくるお年頃の王子様のお見合い話を受けることにしたの…
今では、王族の結婚に気持ちなんて…そう思っている。
好意があれば、嫌われてさえいなければ。
そう思って、男が好きだとされる胸を強調したドレスを纏い全身に磨きをかけてきた。
なのにだ…
あんなに熱い思いが存在する事があるのだ…というか、そんなんばっかだ。
両親だってそうだし、振り返れば、みんな気持ちに正直に愛し、愛されて……いちどだって、男女間でのそれが私に向けられたことはないのだ…
最初はそれが当たり前にあるのだと信じていた。
でも、何度か繰り返すうちに…それは私に向けられることはないのではないかと思い始めた。
そのうちに、好意からいずれはゆっくり愛情になればよくて。
だから…私には…王族の結婚に気持ちは最初にはいらない…
そう思い込むようにしている。
チャンスがあればものにする攻めて落として虜にしてみせる!!
そう意気込むのに…結局、私が好きになってしまうのだ。
そして、好きになった人の幸せは、祈らずにはいられないもう慣れてしまったはずなのに、でも、涙はなかなか枯れない…
鼻の奥がまたツーンとしてきた。
あんな思いを向けてもらえたら、私はどうなってしまうのだろう…夢…いつかはっと憧れるが
…夢…なのだ…
-----コンコン
扉を控えめに叩く音。
ため息と共に涙を乾かして起き上がる。
荷物をまとめるのを手伝ってもらうためメイドを迎え入れる。
さぁ、今回も帰ろう。
これで6回目になる帰郷。この二年の間で6か国でお見合いをして残念ながら王子様たちの運命の人にはなれず…
すでに5か国で挙式が行われ王子夫妻の人気は国内で高まっているという。そのうち3か国の姫からは感謝の手紙が届き、この国の前にお見合いした国からは「また遊びに来てね」などと親しげな手紙が届く。
なんか感謝されまくりだわ。嬉しいけど…嬉しくない。
そしてさらに嬉しくない仇名が私にはついてしまった。
『当て馬姫』
従者たちは優しく静かに私を馬車にのせてくれる。
さっきまで煌々と夜を照らしていた月は雨雲に隠されて姿も形もない。
ただ重い雲が夜空を覆う。
泣き出したのは、そんな空がさきだったのか、いつも強気だと言われる私の赤い瞳だったのか。
馬車は静かに走り出す、故郷に向かって。
無条件で私を愛してくれるファルゴアの地に向かって。
雨のなか馬車は進むのだった。