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鏡鬼の旋律  作者: 雪りんご
第1章 綻びた檻
9/28

9話

 風見先生のほっそりとした指が繊細な動きで弦を弾く。

 その度に紡ぎ出される美しい音が優しく木霊し、聞く者を魅了した。

 まあ、聞く者もなにも私以外にはいないんだけど……とそんなどうでもいい事を思いながら彼女を観察する。

 普段から美を意識している彼女は演奏中でも自分を魅せる事を忘れてはいなかった。

 僅かに伏せられた目。

 そこから覗く金玉の瞳がこちらに向く度に背筋にぞくりとしたものが走った。

 もはやさすがとしか言いようがない。



「さて、お手本はこれで終わりですわ。……もう…………弾けますわよね?」


 

 知らず知らずの内に引き込まれていたのか、ハッと気がついた時には風見先生の笑顔が私に向けられていた。

 それもただの笑顔ではない。

 今もなお顔に浮かべられているのは凄みのある笑みだ。

 できないだなんて言いませんわよね?とでも言わんばかりだ。



「…………多分……弾けると思います」


 

 未だに微笑んでいる彼女の目を見てそう答える。

 二人から助言をもらい、徹夜をしてまで練習をしたのだ。

 できないわけがない……と思う。

 うん……朝来て開口一番に「淑女として、あるまじき顔ですわね」と言われたけど、その分の努力は報われるはずだ。

 ていうか報われると思いたい。

 そんな私のいつになく真剣な様子に風見先生は純粋に驚いたのか目を微かに瞠った。

 もちろん、そんな顔でさえも綺麗なのは言わずとも知れているだろうが……。


 そっと弦に指を添え呼吸を整える。

 昨日、二人に教えてもらった事を頭の中で思い出す。

 あの二人曰く、弾く前には楽譜を、弾き始めた後は先の音を頭の中で思い浮かべると上手くいくとの事。

 そしてそれを実際にやってみると、これが案外上手くいき、才能のない私でさえも三時間後くらいには通して弾けるようになった。

 もちろん寝る間を惜しんで練習に明け暮れ少しでも綺麗に聞こえるように模索した……までは良かったが、その弊害としてかなり眠い。

 このままだと寝落ちしてしまいそうな勢いでだ。

 まあ、そんな状態になろうものなら容赦なく風見先生の雷で起こされるんだけどね。

 それもあまりの痛みで一瞬何が起こったのか分からず、体は硬直して動かないというような最悪な目覚めを提供してくれるわけだが……。

 無論、是非ともそうならないように頑張りたいと思う。

 もしかしたら私の結果次第では今日の授業が早く終わるかもしれないしね。

 そうなれば早く寝れる事間違いなしだ。

 …………いや……うん、きっと風見先生の事だからいつも通りに終わりそうな予感しかしないんだけどね。


 はぁ……と内心でため息を吐き、眠気を誤魔化すべく頭を横に振った。

 今にも落ちてきそうな瞼を無理やり開け琴を凝視する。

 そして最初の音を指で弾いた。

 確かな手応えに口角が上がる。

 一度勢いがついてしまえば、あとは流れに任せて指を動かすだけで良かった。

 いつもより滑らかに動く指に感動しつつもなんとか最後まで弾きあげた。

 最後の一音が鳴り止み、静寂が部屋を支配する。

 そっと琴から手を離し目を閉じた。

 自分で言うのもなんだが、なかなか上手に弾けたと思う。

 本当に……桜雪と雪桃には感謝してもしきれない。

 可愛いだけでなく賢くて私を助けてくれるだなんて……さすがだよねっ!

 二人のふにゃりとした愛らしい笑顔を思い出し一人にやけていると、不意に名を呼ばれた。

 一瞬で現実に戻された私は慌てて顔を引き締め何事もなかったかのように返事をした。



「はい」



 さりげなく風見先生の様子を窺う。

 そこには美しい顔を驚きの色に染め、身を震わせている風見先生がいた。

 え……な、何事!?

 そう思うのも無理はない。

 次第に潤み始めた彼女の金の瞳からついに一筋の涙が伝い落ちたのだ。

 それを拭う事すらせずに口を開いた彼女の声は微かに震えていた。



「いつの間に……まだ技術は稚拙ですけれど及第点は確実ですわね」



 ふわりと目尻に涙を浮かべたまま可憐に微笑んだ風見先生は、そのまま私から視線を外すと障子に目を向けた。

 そして再度口を開いた。



「いかがでしたでしょうか?……ご当主様」



 風見先生の艶かしい唇から紡ぎ出されたご当主様という単語に私は身を強張らせた。

 いるはずのないお父様がもしかしたら部屋の外にいる。

 その可能性に手のひらが冷や汗でしっとりと濡れた。

 ごくり……と生唾を飲み込み、そっと障子を盗み見る。

 その瞬間に開いた障子に驚き、私は即座に目を逸らした。

 一瞬だけ見えたお父様の姿。

 私の見間違えでなければ絶対的なオーラを放ちながら仁王立ちしていた……はず。

 怖くて顔を上げられないだなんて我ながら情けないけど、心の準備ができていないんだから仕方ないと思うんだよね。

 ……まあ、ただの言いわけにしかすぎないんだけども…………。



「ああ……」



 深みを持った低い声が厳かに響いた。

 もう一度障子の方に目をやり、お父様の姿を確認すると彼の金の瞳と目があった。

 鋭く細められた目が楽し気に歪む。

 普段とは違うお父様の様子に呆気にとられた私は恐怖心すら忘れて彼の顔を見つめた。



「全く話にならんな……と言いたいところだが、彼女の仰る通り及第点は確かだ……。これにてお前はあれらが必要とする全ての学問を修めたとし、合格を言い渡す」

「え……?」

「別邸は前から使っていなかった空き家をお前に譲ってやろう。後で籠を呼んでやるから、あれらを連れて行け」



 そう言うなり体の向きを変えたお父様は腕を組んだまま歩き出した。

 その横顔からはやはり強者ならではの圧倒的で冷たい感じしか読み取れない。

 そのはずなのに、どこか愉快だとでも言わんばかりに微かに笑う彼に私は自分の目を疑った。

 未だ状況が掴めていない私の顔を見て風見先生が小さく笑う。



「ふふ、柘榴お嬢様が驚かれるのも無理はありませんわね。以前よりご当主様から柘榴お嬢様の様子を聞かれておりましたのよ?また、わたくしが試験だと称して行った物は全てのご当主様へ提出しておりましたの。きっとそれが判断材料になったのですわ」



 お父様とは違う深みのある金の目が優しさを纏って弧を描く。

 コロコロと嬉しそうに笑う彼女は思い出したかのように再度口を開いた。



「そう言えば柘榴お嬢様?」

「はい?」

「大切な弟君とやらのお迎えには行かれませんの?」

「あっ……!」

 


 その一言でやっと状況が掴めた私は急ぎ立ち上がると挨拶もそぞろにその場を後にした。

 後ろで「今のは不合格ですわね」と笑いを含んだ声が聞こえた気がしたが今はそれどころではない。

 私の可愛い弟たちをあの場所から解放できるんだと考えただけで駆け足がさらに速くなった。


 地下へと続く大きな扉を勢いよく開け放ち階段を駆け下りる。

 もちろん、途中で火を出す事も忘れない。

 暗い地下を火がやんわりと照らす。

 牢の奥へと辿り着けば二人の目は大きく見開かれ驚きの色に染まっていた。



「こ、このような時間にどうなさったのですか?」

「……それに急いで来られたみたいですが…………」



 首を傾げながら問いかけてきた二人に返事をしようと口を開いたが声にならなかった。

 とにかく今は息が苦しくて話せる状態ではない。

 必死に深呼吸を繰り返しなんとか息を整える。



「あ、あのね……二人を迎えにきたの!」

「「お迎え、ですか?」」

「そう、お迎えだよ。ここから出てね?新しい家で私と一緒に住むんだけど…………嫌、かな?」



 牢の中にいる二人と目線を合わせ、手を伸ばし頬に触れた。

 少しだけひんやりとした柔らかな感触が手のひらに伝わってくる。

 気持ちよさ気に目を細めて擦り寄ってきた二人はその形の良い小さな唇を動かし、小さな手を私の方へ伸ばしてきた。



「いや……じゃないです」

「一緒に行きたいです……」

「「連れて行って下さい柘榴お姉様!」」

 


 目をうるうるとさせて見つめてくる二人から思わぬ単語が発せられた。


 “柘榴お姉様”


 ずっと二人に呼んでほしいと思っていた私の名前。

 そして極め付けはお姉様。

 感動のあまり手が震え、今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるがそれをなんとか抑える。

 まだここは固く無機質な牢の中なのだ。

 早くこの場所から連れ出して、ここよりも暖かい場所で思う存分撫でたりして楽しみたい。

 そのためにも時には我慢も必要だよね……。

 そう自分に言い聞かせ、壁にかけてある鍵を手に取り南京錠に差し込んだ。

 ガチャ……という音が鳴り開錠される。

 それを鉄格子から取り外し地面へと捨てると重々しい音が地下いっぱいに響いた。



「おいで。一緒に行こう?」



 二人の目の前に手を差し出す。

 ほら、おいで?とそんな意味を込めて笑いかければ二人はおずおずと小さな手を私の手のひらに乗せてくれた。

 その可愛らしい手をぎゅっと握りしめ鉄格子の外へと誘導し、来た道を引き返す。

 私の両隣には可愛い弟が二人いる。

 一人で歩くにはちょっと不気味だった道も三人で歩けば全然気にならなかった。

 階段を一歩一歩登る度に眩い光がじょじょに大きくなっていく。

 暗さに慣れた目にこの明るさは辛いが、数秒もすればすぐに慣れた。

 ふと桜雪と雪桃の顔を交互に見てみれば、まだ眩しいのか二人の目は細められたまま。

 その反応がものすごく可愛くて私はつい笑ってしまった。


皆様、メリークリスマスです。

そして記念すべき今日!ついに第1章が終わりました!!

次回からは第2章に突入でございます!

この章では双子の可愛らしさ、愛らしさをもっと表現できればいいなぁ……と思っておりますのでこれからもお付き合い頂けますと幸いです^ ^


【追記】

文章力もないくせにまた性懲りもなく小話を書いてしまいました……。

今回はクリスマスをテーマにしております。

個人的には頑張ったつもりですので少しでも楽しんで頂ければ作者冥利に尽きます(笑)





「ジングルベール ジングルベール 鈴が鳴る〜」



 一人台所に立ち朝食の用意をしながら歌詞を口ずさむ。

 それもクリスマスソングというやつだ。

 この世界にクリスマスなんて概念はないけど、日頃頑張っている二人には何かご褒美があってもいいと思うんだよね。

 それに、こんなにも可愛くて良い子なのにサンタさんが来ないだなんて由々しき事態だ。

 まあ、他の子たちのところにもサンタさんは来ないわけだけれども……。



「ジングルベール……?」

「鈴が鳴る……?」

「「それはどのようなお歌なのですか?柘榴お姉様」」

「桜雪、雪桃おはよう。これはね……クリスマスの歌なんだよ」

「「くりすます……?」」



 たどたどしい声で言われたクリスマスに内心悶えながらも私は頷いてみせた。



「そう、クリスマス。12月25日がその日でね、美味しいものをたくさん食べる日なんだよ」



 私の説明が大雑把すぎたのか二人は意味がわからないという風に首を傾げた。

 さらりとした白髪が肩を滑る。



「それは決まり事なのですか?」

「その、くりすますの日は先ほどのお歌を歌わなければならないのですか?」



 上目遣いで再度問われる。

 あまりの可愛さに気がつけば二人の頭を撫でていた。



「うーん……決まり事っていうわけじゃないんだけど、とある場所ではそういう日があるらしいんだよね。ここではそんなの聞いた事ないでしょう?でも、なんか楽しそうだからやってみようと思って。それから歌はね、別に歌わなくてもいいんだけど……なんか好きだから歌ってみただけなの」



 にこりと笑ってみせると何故だか二人の目が潤み始めた。



「好き……?」

「お歌が……?」

「「……私たちよりも…………?」」



 ついに顔を俯かせた二人は小さく震えながら私の着物をきゅ…っと掴む。

 そしてポロポロと大きな目から涙を零しながら勢いよく抱きついてきた。



「そんなのダメです!……私たちは柘榴お姉様の事だけが大好きなのに…………」

「柘榴お姉様の好きは私たちだけではなかったのですか……!」



 小さな嗚咽を漏らしながら必死にしがみついてくる二人。

 それがあまりにも可愛くて思わず笑ってしまった。



「ふふ、桜雪と雪桃の事は好きよりも大好きなの。だから泣かないで?」

「……ほ、ほんとう……ですか?」

「…………私たちが、いち……ばんですか?」

「うん。本当だし一番だよ」



 未だに止まる気配のない涙を指で拭ってやりつつそう言えば、二人は安心したように肩の力を抜いた。

 こんな可愛い姿が見られるだなんて……。

 どうやら私の所には一足先にクリスマスプレゼントが届いたようだ。

 もちろん、この世界にサンタさんはいないんだけどね。

 それでもそう思わずにはいられなかった私は幸せな気持ちのまま必死に二人をなだめるのであった。


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