2話
柔らかな日差しが室内に差し込む。
暖かくて穏やかな空間。
いつまでも寝ていたいような……そんな絶妙な心地の良さに翻弄され、またもや眠気が襲いかかってくる。
ああ、もうダメ……。
完全に目は閉じてしまった。
後は、この温もりに身を任せ意識を手放すだけ。
そう思い温かいそれに擦り寄ると寝かせないと言わんばかりに、突如体を締め付けられた。
「あう……」
「おはようございます柘榴お姉様」
そして頭上から降ってきた声にさらなる覚醒を促される。
薄っすらと目を開ければそこにいたのはやはり雪桃で……。
その傍らには桜雪が微笑を浮かべて座っている。
「お加減はいかがですか?」
私が目を閉じたのを見計らってか、絶妙なタイミングで声をかけてきた桜雪が私の体を慣れた手つきで持ち上げる。
そして私の首元に顔を埋めたかと思うと仄かに冷たい唇を押し当ててきた。
ふにゅりとした感触に甘い吐息。
それが何度も繰り返される度に体がほんの僅かに跳ねる。
「う……ん、だいじょーぶ」
「本当ですか?昨晩は酷くナニかに怯えていらっしゃったようですが……」
「無理はしておりませんか?せめて今日だけでも……」
「ダメ」
それだけはどうしてもダメ。
その一心で私は雪桃の言葉を途中で遮った。
「柘榴、お姉様…………?」
どこか困惑した様子の雪桃に誤魔化しの意味を込めて曖昧に笑いかける。
「ありがとう雪桃。でも、ごめんね」
今日だけはどうしても休めないの、と続けて言えば雪桃がこれまた不安気に酷く顔を歪めた。
そして私の目元にその細く綺麗な指を這わせ、再度口を開く。
「ですが……イイですね……」
憂いを帯びた瞳はそのままに、ふわりと儚い微笑を浮かべた雪桃がポツリとそう呟いた。
僅かに掠れた声が色っぽい。
突然変わった話の内容に首を傾げるも、すぐに雪桃が私の気持ちを尊重してくれた事を悟る。
さすがは私の弟!
美形だけに留まらず空気も読めるだなんて素晴らしすぎるっ……と半ば感心し二人の成長を噛みしめていると雪桃がまたもや唇を動かした。
「ねぇ……桜雪もそう思いませんか?」
どこか艶めいた声音で桜雪に同意を求めた雪桃が意味深に目を細める。
そして……。
「舌足らずな柘榴お姉様も大変愛らしいと……そうは思われませんか?」
「は……?」
恍惚とした表情を浮かべながら私の首元に顔を埋めてきた。
仄かに温かい吐息が肌にかかりくすぐったい。
それに加え、ちゅ……っと濡れたような音が微かに響いただけで体が震えた。
「ふふ、そうですね。……しかし、柘榴お姉様はご自分の魅力に気づいておられないようですよ雪桃」
「ああ……それはいけませんね。すぐにでも気づいて頂かなくては……。このままでは柘榴お姉様が危険です」
「ん?」
そう言うなり後ろから伸びて来た桜雪の手が私の目元を覆う。
いやいやいやちょっと待って?
ナニが……?何が危険なの?とあやふやな思考の中で混乱し、桜雪の手を外そうと躍起になっていると色気を大量に含んだ声が両耳を犯した。
「とてもお可愛らしい柘榴お姉様を前にして少ししか触れられないというのは大変不本意なのですが……」
「時間もないようですので、柘榴お姉様のココに」
「「……私たちの印をつけておきますね」」
……イマナニガオコッタ…………?
「さ、ゆき……ゆきと……?」
ペロリと首筋を舐められ、吸われたらしいその場所に手を当て呆然と二人の名を呟く。
「ふふ、柘榴お姉様の白い肌に映えてとても……」
「とても、お綺麗ですよ柘榴お姉様」
完全に油断した。
未だに目を隠す手は外されないままそれだけが頭を占める。
気がつけば私の手は二人の手によって自由を奪われていて……。
絡められた指が熱く火照る。
「指の先まで真っ赤、ですね……」
休む間も無く指摘されるような形で桜雪に“赤い”と言われた瞬間、私はあまりの恥ずかしさに言葉を失った。
ただただ、役割を放棄した唇が戦慄くだけ。
本当に……何がどうしてこうなった!?
「……柘榴お姉様…………?」
「どうかされましたか?」
見事に赤く色づいたらしいそれらを指でなぞりながら問いかけてきた二人がくすくすと満足気に笑う。
ああ……もう!
分かっているくせに、敢えて聞いてくるんだから余計にタチが悪い。
成長していくにつれて増していった色気もそうだけど、そこに甘さをも兼ね備えてきたんだから、もうね。
本当に手に負えない。
ふぅ……と軽く息を吐き心を落ち着けてから再度、桜雪、雪桃……と窘めるように二人の名前を呼ぶ。
ゆるゆると頭を振って桜雪の目隠しから逃れれば、何故か目の前には嬉しそうに目を細めている雪桃の姿が……。
うん、可愛い。
危うく絆されてしまいそうになるくらいには可愛い!
「「柘榴お姉様」」
「んー?なぁに?」
このままだと確実にペースを持ってかれそうだ、と危惧した私が取った行動は二人からさり気なく離れること。
気もそぞろに返事を返しつつ、そっと腰を浮かせる。
良し、後は逃げるだけ……。
ほ……っと気を抜いて立ち上がろうとした私に対し、二人はそれすらも見越していたらしい。
あともう少しで離れそうだった私の手を絶妙なタイミングで握り返してきたかと思うと、そのまま抱きついてきた。
……やられた。
これじゃあ、離れたくても離れられない。
だって、可愛い弟たちに引き止められて振りほどける程の精神を私は持ち合わせていないのだから。
全くもって、本当に侮れない。
「着物ならこちらにご用意してあります」
「柘榴お姉様のためだけにご用意しましたのでよろしければ……」
「「こちら着物に袖を通していただけたらと……」」
そう言ってふわりと微笑んだ二人から見せられたのは白い着物。
光の加減によって光沢を放つそれを雪桃から手渡された瞬間、私は悟った。
悟ってしまった。
……もうすでに私は二人にペースを持っていかれていたのだと……。
そんな慌ただしい朝を過ごし辿り着いた場所は鬼総会の開催場所、鬼堂院。
荘厳な佇まいで物静かに存在感を放っている。
「「どうぞ柘榴お姉様」」
二人から差し出された手を取り籠から降りてみれば、それはより一層濃厚なものとなって私たちを出迎える。
……行きたくない…………。
ピリピリと肌を刺すような空気に耐えかね足を止めた私に対し、微笑を浮かべ私の頭を撫でてくる二人。
どこからそんな余裕が生まれてくるの?と現実逃避も兼ねて真剣に考えていると不意に二人が私の前に一歩飛び出た。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫ですよ。柘榴お姉様には指一本たりとも触れさせませんので」
「柘榴お姉様はただ私たちの事だけを考えていて下されば良いのです」
「そうしていただければすぐに終わります」
「ですので安心して下さいね柘榴お姉様。……それで」
そう言って門に視線を向けた二人。
「「……隠れてないでいい加減出てきたらいかがですか?」
冷たい声が辺りに響いた。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
そうしてゲームで何度も聞いた無機質なその声が私の記憶を呼び起こす。
『邪魔だから殺す……ただそれだけでしょう?』
『所詮は玩具に過ぎなかったんですよ』
『命ある宝物は一つだけで充分でしょう……』
『貴女を殺めてしまうほどに深く……』
頭の中で幾度となく再生される二人の言葉。
カタカタと微かに震える手を胸に一歩後ずされば、門から一人の鬼が姿を現した。
そして彼の唇がゆっくりと開いて……。
待って……まだ言わないで……。
その一言で全てが始まってしまう、と泣きそうになりながら件の鬼を見つめるが、叶わなかった。
私の願いは届かなかった。
だって聞こえてしまった。
始まりの言葉を聞いてしまった。
「お待ちしておりました。月影家の方々ですね?」
アア……モウニゲラレナイ。
更新が長く途絶えてしまい申し訳ありません泣
そして大変お待たせ致してしまったにも関わらず最後までお読み頂きありがとうございますm(_ _)m
引き続き頑張ってまいりますので、今後ともよろしくお願い致します!