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鏡鬼の旋律  作者: 雪りんご
第2章 安寧と迫りし刻限
21/28

12話

「ふっ、ぅ…………ぶ、無事で……良かった…………」



 二人の肩に顔を埋めてその存在を確かめる。

 そしてグリグリと顔を擦り付け、泣き顔を隠した。

 ああ……本当に…………。

 ぎゅうっと腕に力を込め震える体を誤魔化す。

 本当に……本当に、二人が無事で良かった…………。



「ねぇ……さ、ゆき、ゆきと…………」

「「はい、なんですか柘榴お姉様?」」

「も、もっと……もっと声を、聞かせて?」

「「っ……!?」」



 これが夢じゃないと確かめさせてほしい。

 その一心で二人にお願いしてみれば、それが答えだと言わんばかりに強く抱きしめられた。



「は、い……柘榴お姉様のお望みのままに……」

「……柘榴お姉様が満足するまで、いくらでも…………」



 まるで忠誠を誓うかの如く、それでいてどこか陶酔してしまったかのような……そんな様子で声を発した二人。

 その、熱に浮かされたような囁き声が私の不安を絡め取っていく。



「とりあえず柘榴お姉様、泣かないで下さい」

「私たちはここにいますから大丈夫ですよ」

「怪我もしておりませんし……もちろん」

「柘榴お姉様の事が好きである事も変わりありません」

「「なので笑って下さい……柘榴お姉様…………」」



 二人の息が耳にあたってくすぐったい。

 そして、それと同時にぞくりとした感覚が背筋を駆け抜け、腰が抜けそうになる。

 もう……甘すぎてどうにかなってしまいそうだ…………。

 思わずそう感じてしまうほどに今の二人は甘く、それでいて艶やかな雰囲気を漂わせている。



「「そう言えば、柘榴お姉様……」」

「ぅん……?」



 時間もだいぶ経ち、私が落ち着いてきた頃、二人が問いかけるように私の名を呼んだ。

 冷たい風が火照った体の熱を攫って行く。



「何やら甘い……血の香りがしますが…………」

「……どこか怪我でもされたのですか?」



 柔らかくて温かいモノが肌を濡らし、冷たい手がゆっくりと私の頭を撫でる。

 ……まさかこの歳になって弟に慰められ、首を舐められる日が来ようとは思わなかった…………。

 慣れない感覚に体を震わせながら目を閉じ小さく頷く。



「どこを怪我されたのですか?」

「よろしければ教えて下さい」



 お互いがお互いを補い合うようにして、それとなく私を一つの答えへと誘導するようになったのはいつからだろうか?

 気がついた頃にはもう、そうなっていた。

 現に今だってそうだ。

 決して急かされる事のない問い。

 だけれど逃げる事もまた許されない。

 優しく待ってくれているようでいてその実、(したた)かに勘づかれない程度の強引さで話を持っていく。



「口をちょっとね……。それよりどうやってあの建物から出てきたの?」



 このままいけば確実に二人のペースに呑み込まれる。

 長年の経験からそう危惧した私は早々に話をすり替えた。

 そして、中に誰もいなかったのかと続けて尋ねた私に対して何故か二人は気まずそうに身じろぎし声を漏らした。

 心なしか腕の力も緩み、先ほどまでの勢いも無くなったように感じる。



「……あ、あの…………すみません柘榴お姉様」

「……お約束を一つ破ってしまいました」



 申し訳なさそうに私から体を離した二人が力なく言う。



「…………助けが来るまでは……殺されそうになった場合を除いてその場を動かないように、と柘榴お姉様とお約束したにも関わらず……」

「……柘榴お姉様を殺すと言われた瞬間、それを守る事ができませんでした。これも言い訳でしかありませんが、柘榴お姉様を傷つけられるのがとても嫌だったのです」



 顔の傷を見られないために袖で口元を隠していたせいか二人は悲し気な表情でそっと顔を伏せた。

 中途半端に伸ばされた手が私に触れる前に下される。



「「申し訳ありません柘榴お姉様……」」



 自らの手を固く握りしめ、私から数歩遠ざかった二人はそれ以降口を閉ざしてしまった。

 どうやら二人は私がとても怒っていると勘違いしているらしい。

 何せ私が一歩二歩と前へと進めば二人はその分だけ後ずさり、声をかければ聞きたくないと言わんばかりに首を横に振る。

 全く、なんて分かりやすい二人の癖なのだろう。

 本当にいつまで経っても二人は可愛い。



「ねぇ……桜雪、雪桃」



 ビクッと二人の肩が小さく跳ねる。



「助けてくれてありがとう」



 心からのお礼を口に出した瞬間、二人の顔が勢いよく上げられた。

 今にも泣き出しそうなのは言わずもがな、月によって淡く照らされた目は大きく見開かれ驚きの色に満ちている。

 そして「何故……?」と二人の唇が微かに動いた気がした。



「ふふ、だって……桜雪も雪桃も私を守るために今まで大事にしてきた約束を破ったんでしょう?」

「「……はい」」

「なら、私が怒る理由なんてどこにもない!むしろ、ありがとうだよ」



 笑ってそう言えば二人が恐る恐るといった様子で手を伸ばしてきた。

 それも私たちが初めて会った時を彷彿(ほうふつ)させるような……そんな不安そうな手つきで。

 …………ああ、もう仕方がない……。

 二人の手を取れば確実に傷がバレてしまうけれど、どうせ避けては通れぬ道だ。

 それに遅かれ早かれ気づかれていただろうしね。



「おいで」



 全てを晒け出す勢いで口元から手を離し腕を広げる。

 すると二人が、ほぼ同時に私の腕の中へ飛び込んできた。

 お互いの長い髪がその衝撃で大きく揺れる。



「……柘榴お姉様に嫌われてしまったのかと思いました」

「お約束を守れない私たちは捨てられてしまうのだと……」

「そう思うと、とても怖くて……」

「とても耐えられなくて……」

「「本当に、どうにかなってしまいそうでした……」」



 背中に回された二人の腕が私の体をさらに引き寄せる。

 


「ですが今はそれよりも、もっと許し難くて気になる事があるのです」

「私たちが何よりも大切にしてきた柘榴お姉様につけられたこの傷……」

「「どなたにつけられたものでしょうか?」」



 二人の細長い指が私の唇をなぞるように滑り、ピリッとした痛みがそこに走った。

 白い指にべっとりと付着した血。

 なんか気持ち悪い……。

 いつもであれば赤いはずのそれは今は黒く反射し毒々しい雰囲気を放っている。

 明らかに不気味だ。

 誰が見てもそう感じるであろう代物を二人は何を思ったのか潤んだ瞳で見つめた後、うっとりとした表情で舐め始めた。

 僅かに覗く舌先が血を掬い取る度に私の心は騒つき、二人の色香は増していく。

 まさに異様とも言えるこの光景になす術もなく呆然としていると不意にお父様から声がかかった。



「……話は済んだか?」



 確認と共に体が浮き上がる。

 お父様の片腕に乗せられる形で対面した私はこれ幸いと曖昧に頷いた。



「……はい。だいたいは、終わりました」

「そうか」

「はい」

「なら、いい……。して、お前たちは何か言いたい事があるようだが……何だ?言ってみろ」



 お父様の視線が私から外れ、威圧を纏って細くなった瞳が二人を捉える。

 それに負けじと睨み返した二人も、また好戦的な態度で能力を展開した。

 気温が一気に下がっていく。

 


「では、お言葉に甘えて単刀直入に言わせて頂きます」

「私たちが申し上げたい事はただ一つです」

「「柘榴お姉様を返して下さいっ!!」」



 二人が声を荒げたと同時にお父様が素早く後ろへ飛んだ。

 ガガガガッ……と地面を抉るような音が立て続けに響く。



「は……?」



 淡い月明かりよって照らされ僅かに見えたのは氷柱(つらら)のような……そんな硬そうな物で……。

 それはついさっきまで私たちがいた場所に深々と突き刺さっていた。


 え……マジで…………?

 数秒遅れてやっと事の重大さを理解した私は遅ればせながら、さーっと血の気が引いていくのを感じた。

 まさか……まさか、ここにきて二人に攻撃されるとは思わなかった、とどこか遠くで思う。

 もちろん、私がそうやって愕然としている間にも二人とお父様による攻防戦はあり得ないくらいに激しさを増して続けられているわけで……。

 正直、命がいくつあっても足りる気がしない。



「ちょっとストップ!……じゃなくて、ちょっと待っ……っ!?」



 このままじゃ死ぬ!

 そう思い、とっさに叫んだ私の頬を今度は何かが掠めていった。

 生暖かい液体が肌を濡らしていく。

 いったい何事だと鈍く痛む頬に指を滑らせお父様を見下ろせば、彼もまた面白いとでも言わんばかりに口元に笑みを浮かべ顔を上げた。



「柘榴……」

「は、はい!」

「傷が開く。もう何も話すな」

「え……でも……」

「あれらとは遊んでいるだけにすぎん。声を上げるだけ無駄だ。……そうは思わんか?」



 この危険な行為を“遊び”だと豪語した彼の手が私の頬に添えられる。

 “何も話すな”と言われた手前どう反応すればいいのか悩んでいると、ふいにお父様の顔が近づいてきた。

 そして、ぺろりと傷と共に血を舐められる。



「やはり不味いな」



 その瞬間、二人が激昂した。



「柘榴お姉様に……柘榴お姉様にっ……触れていいのは私たちだけのはずです!」

「柘榴お姉様の血も涙もその存在も全て……全てが私たちのものだったはずです!」

「今までも……柘榴お姉様に捨てられないように努力をしてきましたし、褒められるために必要以上の事を学びました!」

「さして興味のない当主になるための振る舞いを身につけ、身を蝕むほどに強く苦しい力の制御も覚えました!」

「「それなのに……それなのにまだ貴方は足りないと仰るのですか……!私たちから幸せを奪っておいてまだ……足りないと、柘榴お姉様までをも奪っていくのですか!!」



 悲痛な叫び声が響いたちょうどその時、二人の頭上で浮遊していた巨大な氷柱が私たちに向かってなんの躊躇いもなく放たれた。

 それは物凄いスピードでこちらに迫ってくる。

 早く避けなければ死ぬ。

 そうであるはずなのにお父様は余裕そうに立っているだけで一向に動こうとしない。



「お、お父様……!」



 思わず彼を呼び、着物を強く引っ張る。

 それでもお父様は動いてくれない。

 ああ……もうダメだ…………。

 眼前まで迫ってきた氷を見て瞬時に悟った私は次に来るであろう衝撃に備えて目をきつく閉じた、が……。



「……話にならんな」



 実際はお父様の声が私の耳に届いただけで、覚悟していた衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。

 それどころか、水が蒸発していくような音が聞こえてくる。

 おかしい……。

 状況を確認すべく、うっすらと目を開けて見れば、そこには青い炎が氷を覆っているというような信じ難い光景があった。

 それも熱のせいで、あっという間に形を変えていく。



「……だが、筋はあるようだ」



 完全に氷が溶けきった頃お父様がふっ……と鼻で笑い、膝をついて項垂れている二人の側へと歩み寄った。

 そして私を腕から下ろし、さりげない仕草で頭を撫でる。

 どれくらいの間そうしていただろうか?

 ようやく満足したらしいお父様が私から手を離し、おもむろに口を開いた。



「柘榴……あれらが十八になった時の鬼総会にはお前も来い」

「は……?」

「待っている」



 一方的に告げられ呆然とする私をよそにお父様は「急用ができた」と続けて言葉を残し、その場を走り去った。

 それも、知らない場所に私たちだけを残して。

 ……どうやって帰れと…………?

 思わず首を傾げて考えるも解決しなかった私は迷わず二人に用件を伝えた。



「ねぇ桜雪、雪桃。帰り道って分かる?」



 後を振り向いて二人の反応を待つ。

 しかし、いくら待てども二人からの応えは返ってこない。

 いったいどうしたのかと二人の頭に手を添えて、初めて私は二人が微かに震えていた事に気がついた。



「どうしたの?」



 地面に膝を下ろし問いかける。

 すると二人はゆっくりと顔を上げ、濡れそぼった瞳で私を見つめてきた。

 はらはらと零れ落ちる涙が二人の着物に吸い込まれていく。



「ぁ……い、いや…………イヤです……!」

「…………お願いします」

「「行かないで……柘榴、おねぇさま……」」



 私を認識した途端に抱きついてきた二人が何度も何度も私の名前を呼び“行かないで下さい”と繰り返す。

 それに対して私も二人を強く抱きしめ返し“行かないよ”と何度も言い聞かせるように囁き慰める事となった。


 ……それにしてもお父様の最後のあの言葉。


 “鬼総会にはお前も来い”


 何故、その総会に呼ばれたのかわからないけど、あと四年。

 あと、四年後には私が恐れていた原作がついに始まる。


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