2話
ピタリと身を寄せ合うようにして石畳の上に座っている二人は私を見たまま微動だにしない。
私が牢の前に辿り着いてもなんの反応もなく、ただ無表情。
しかもさすが攻略対象者なだけあって無表情でも、ものすごく可愛い。
こんなに可愛い子たちを放置してたなんて今世の私はなんて愚か者だったんだ!と自分を罵るも長くは続かなかった。
触りたい……とにかく撫でくりまわしたい!
そんな衝動に駆られたけど挨拶の方が先だよね。
「……こんにちは桜雪、雪桃」
腕の中にあるオモチャを地面に置いてからなるべく笑顔を心掛けて言った。
それでも反応のない二人に私はゆっくりと手を伸ばすが……。
「冷たっ!!」
あまりの冷たさに伸ばした手を引っ込めた。
よく見てみると鉄格子には霜がついている。
どうやら二人は力を上手く制御できないらしい。
その証拠に二人を中心にして牢内が凍っていた。
それにすごく寒い。
心なしか二人の唇も青いように見え、若干震えているようにも見える。
さすが閉じ込められるだけあって桜雪も雪桃も桁外れに力が強いようだ。
それも私の想像をはるかに上回る形で。
ふと視界に入ったのは錆び付いているが頑丈そうな南京錠。
元は銀色だったであろうそれは今や見るも無残な緑色。
なんか触りたくない色だよね。
手臭くなりそうだし……。
まあ、それはさて置き、その南京錠を開ける鍵の在り処はだいたいの見当がついている。
何故ならここに来るまでの間に幾度となく鍵を見たからだ。
きっとこの牢の鍵も壁にかかってるはずなんだよね。
そう思い顔を上げ壁を見ると、そこには予想通り鍵があった。
その鍵を手に取った私はすぐさま南京錠の鍵穴に差し込んだ。
ガチャ……という音が地下牢に響くとともに確かな手応えを感じた。
そして冷えた南京錠を手で外し、これまた冷えた鉄格子を開けようと奮闘するも冷たすぎて指が痛い。
それでもなんとか開け、中に入る。
すると私が来てから初めて二人が身じろぎした。
ぎゅう…っとお互いを抱きしめ合いながら私を見上げてくるその大きな目に浮かぶのは警戒と怯え。
更によく二人の姿を見てみると柔らかそうな頬には黒い塊がこびりついており、着物の所々には赤茶色っぽい染みが点々とついていた。
牢の外側からでは確認できなかった二人の些細な表情の変化や今まで受けてきた数々の暴力の跡が私の胸を締め付ける。
あまりの痛々しさに目を背けたくなったが、すんでのところで堪え私は思いっきり二人を抱きしめた。
ビクッと大きく跳ね身を固くした二人をよそに私は腕の力を強めさらに抱きしめる。
幼いが故になんの抵抗もできない二人は私の腕の中でプルプルと小さく震え、未だ怯えていた。
恐怖に駆られているせいで制御しきれていない力が増し、更に周りの温度を下げていく。
吐き出された息の白さがその寒さを物語っていた。
……まさかグロい死に方を回避する前に別の原因で死にそうになるとか……幸先悪くない?
少しだけ自分の将来に不安がよぎったけど今は目の前の二人が先だよね。
このままじゃヤバイ気しかしないし、下手したら凍死しちゃいそう……。
「桜雪、雪桃久しぶりだね。私の事覚えてる?」
努めて優しく言い、二人の頭をそっと撫でる。
酷く絡んでいる二人の白くて長い髪が私の指に引っかかるが気にせず撫で回した。
叩かれるわけでもなく撫でられた事に驚いたのか二人は恐る恐るといった感じで私の顔色を窺ってくる。
二人の目に浮かぶのは困惑の色。
身長差のせいで必然的に上目遣いになっている二人の可愛さに内心悶えながらも笑顔を向け、もう一度問いかけた。
「柘榴って言うんだけど覚えてる?一応桜雪と雪桃のお姉ちゃんなんだけど……」
寒さのせいで声が震えそうになったが、なんとか震えずにすんだ。
そんな私の言葉を聞くなり桜雪は右に、雪桃は左にと微かに首を傾げる。
双子の神秘なのかその姿は左右対称。
まるで鏡に映し合わせたみたいだ。
それに二人の瞳の色も。
桜雪は右目が薄い桜色で左目が薄い紅色、雪桃はその反対。
他にも左右対称である箇所がないか、じーっと二人の顔を見比べながらふと思う。
確実に二人は私の事を覚えていないな、と。
まあ、無理もない。
何せ最後に会ったのは約一年前。
つまり、二人が三歳の時だったはずだ。
三歳って微妙な時期だからもしかしたら覚えてるのかも……って思ってたけど、どうやらそれも杞憂に終わったらしい。
でも、覚えられてたらそれはそれで面倒だったかもしれないけど、せめて柘榴お姉様って呼ばれたかった。
てか呼んで欲しい……けどそれは追々でいいよね。
それよりも今は交流を深めねば!
一応オモチャも持ってきたし遊ぼうと思えば遊べる。
それに本だってあるから読み聞かせもしてあげられるしね。
「じゃあ改めまして私の名前は柘榴です。そして桜雪と雪桃のお姉ちゃんだよ!是非、柘榴お姉様って呼んでね!」
覚えてないらしいからもう一度名前を名乗る。
ちゃっかり自分の願望を言ってみたけど二人は無反応だった。
まだ怯えられているのかと二人の目を見てみたがどうやら怯えられてはいないらしい。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
二人の目は感情がよく表れる。
顔だけ見るとあまり表情を出さないから少し分かりにくいけど、もしかしたら危険人物ではないのだと判断されたのかもしれない。
それに、気のせいかもしれないけど少しだけ寒さが和らいだようにも感じる。
もちろん感じるだけで和らいだという確証はないんだけど……。
とりあえず遊ぶ前に力を抑えて貰った方が良さそうだ。
「それで私、オモチャと本を持ってきたんだけど……これで遊ぶ前にこの冷たいの……なんとかできる?」
私の問いかけに今度は反応を返した二人は不安そうに小さく頷くと目を閉じた。
少しずつ暖かくなっていくが完全に制御ができるわけでもない。
難しそうに眉間に皺を寄せ頑張る姿が堪らなく可愛い。
それに私が来た頃よりもずいぶんと暖かくなった。
そっと二人を腕の中から解放する。
いくらなんでもずっとこの体制で居続けるのはキツイ。
数分後にゆっくりと開けられた綺麗な目に浮かぶのはちょっとした怯え。
きっと月影家の次期当主候補であるが故に厳しく躾けられているのだろう。
それこそ完璧を求められ、できなければ何かしらのお仕置きをされるくらいのレベルで。
決して褒められる事はなくて、できてもそれは当たり前だと言われる。
二人はそんな感じの毎日を送っていたのかもしれない。
だって鬼として最弱で使えない私のレベルですら厳しいのだ。
二人の負担は計り知れないだろう。
現に今も怒られる事を危惧しているのかもしれない。
「桜雪も雪桃もすごいね!さっきよりも暖かいよ!!」
心の底から褒めれば二人は目を見開いた。
そっと頭を撫でれば今度は泣きそうなそれでいて少し嬉しそうな、そんな顔で私を見上げてくる。
それに応えるように笑いかけオモチャを一つ手に取るとそれを二人に見せた。
「これはコマって言うんだよ。他にも色々と持ってきたけど何で遊びたい?」
そう言いながら他のオモチャを手繰り寄せる。
触っていいよと言えば二人は躊躇いがちに手を伸ばした。
そして一つずつ手に取ると真っ先に私に見せてきた。
「「……これはなんて言うのですか?」」
子供らしくない大人びた口調で聞いてくる二人の声はどこかたどたどしく、可愛らしい。
初めて話しかけてくれたと嬉しく思いながら私はすぐに答えた。
「えっと桜雪が持ってるのは折り紙で、雪桃が持ってるのはけん玉だよ」
「おりがみ?」
「けんだま?」
「うん、折り紙とけん玉」
それぞれのオモチャを指差しながら名前を教え、遊び方も説明してあげると今度は別のオモチャを手に取り、またさっきと同じように聞いてくる。
そんなやり取りを何回か繰り返すと二人は満足したのか私に一枚の折り紙を差し出してきた。
「一緒に遊んでくれるの?」
と受け取りつつ聞いてみれば、二人は首を縦に振った。
そして折り紙を手に持つとお互いに顔を合わせ頷き合う。
「……ツルという物を作ってみたいのです」
「教えて頂けますか……?」
桜雪と雪桃のふっくらとした薄ピンク色の唇から紡がれたのは可愛いお願い。
それに満面の笑みで応えた私は意気揚々と鶴の作り方を教えたが、できた鶴は二人の方が断然上手だった。
どうやら私は二人よりも手先が不器用らしい。
桜雪も雪桃も私が作った鶴を不思議そうに見ていたが決して私が下手だったというわけではない……と思う。
ただ二人が上手すぎるせいで私の鶴が歪んでいるように見えるだけだと信じたい……。
まあ、楽しんでくれてるみたいで何よりだ。
その後も色々と折ってみたが、全てにおいて二人の作品の方が綺麗だった。
……………………うん……とりあえず二人の見本になれるように後で練習しておこうと思う。