8話
「ね?お外はどこも怖くなかったでしょ?」
買い物の帰り道になんとなく問いかけた私に二人が小さく頷く。
最初はビクビクと周りの鬼に怯えていた二人だが、徐々に慣れていったのか帰り際には避けている感じはあったものの目に見えて怯える事はなくなっていた。
それどころか、物を貰えばお礼を言えるくらいにはこの数時間で成長した。
現に私の背中には二人の可愛さにやられメロメロになった鬼達から貰った野菜や果物がある。
このままいけば二人が他の鬼と打ち解けるのは時間の問題だろうと一人頷いていると桜雪に名前を呼ばれた。
「あの……柘榴お姉様」
「ん?どうしたの?」
顔をそちらへ向け応じる。
すると今度は雪桃が躊躇いがちに声を発した。
「……重くないのですか?」
こてんと首を傾げながら私の背中に目をやる二人。
その様を交互に見た私は思わず笑ってしまった。
だって毎度の事とは言え鏡写しに同じタイミングで動くのだ。
微笑ましい事この上ない。
「うん、全然重くないよ!」
そんな二人を心配させないためにも私は笑顔でそう答えた。
サアァ……と私たちの髪を巻き込んで吹く追い風が軽く汗ばんだ体を冷やす。
つまりは強がったのだ。
ただ二人に頼られ尊敬されたいと言う理由で。
だけれど本音を言うと……。
……結構重かったりします…………。
背中に重くのしかかる野菜たちが二人へ向けられた愛情なのだとするとさすがに重過ぎる!と私は心の中で涙した。
「柘榴お姉様はお留守番して待っていて下さいね」
「絶対にお外には出ないで下さいね」
「「それでは行ってきます」」
あれから……あの日から十年の歳月が流れ私はおろか、二人もいろんな意味で成長した。
私に関しては、もはや二十歳だ。
ある意味で人生の節目を感じている。
それに身長も伸びたしね。
まあ、伸びたと言っても小さい事には変わりないのだが……。
それでもまだ、二人に抜かされてないのが救いだったりする。
だって、二人は今年十四歳。
前世で言うなら中学二年生だ。
そんな二人に身長を抜かされたとなればさすがに立ち直れないというのが姉、しいては年長者の心境だろうと私は思っている。
せめて抜かされるなら高校生くらいの年齢でお願いしたい、とそんなどうしようもない事を考えつつ床上で脚を伸ばした私は、ぼーっとしながら天井を見上げ目を閉じた。
瞼の裏に二人の顔が浮かぶ。
それも可愛らしい顔立ちから儚げな美人に変わりつつある危うい綺麗さを纏った美貌がだ。
今世においての自分の弟だって知っていても、つい見惚れてしまうほどの破壊力なんだよね……。
それに好みの顔であるからなおさら。
いつか惚れてしまいそうで怖い。
……まあ、その話はともかく、二人はとても素直な子に育った。
頭も良くて私が一度教えれば確実に覚えてしまう程度には天才的だ。
性格も今の所は問題なく、姉弟仲も至って良好で周りの大人からの評判も良い。
だがしかし、そうであるにも関わらず私は一度……いや二度ほど死にかけた。
それも二人の手によって……。
あれは約一年ほど前の出来事だっただろうか?
事の発端は二人がお店のおば様方に捕まっている間に私が告白されたことだ。
前世を含め初めて告白された私はどう返事を返せば良いのか分からなかった。
それに掴まれた手をそのままにしておいたのも良くなかったんだと思う。
何せ、あの時の二人の荒れようは時が経った今でも鮮明に覚えているくらいには酷かった。
それにすごく痛かったんだから忘れられるわけがない、と太ももにできた凍傷の痕を見つめながら当時の事を思い出す。
「あ、あの!」
「はい?」
どこか緊張した面持ちで声をかけてきた目の前の青年に私は返事を返す。
どうかしたのかと首を傾げてみれば何故か彼は狼狽え、口をパクパクと開閉させた。
顔も赤く薄っすらと汗もかいている。
それに息も荒い。
照りつく日差しがキツいのかと日陰に入るよう促せば、何を思ったのか突然私の手を握ってきた。
「あ、ああの!俺、ずっと……ずっと前から貴女の事が好きでした!!その優しい笑顔や可愛らしい声が好きです!よければ俺と付き合って下さい!!」
一気に早口で捲し立て一歩近づいてきた彼のその真っ赤な顔が目に入る。
それにつられて何故か私の顔も赤く染まっていくのを感じた。
まさか人生初の告白が衆人の前だなんて誰が予想しただろうか?
あまりの恥ずかしさに唇を戦慄かせていると急に体が前方に引っ張られた。
背中に回された腕が私の腰をさらに引き寄せる。
汗の匂いに混ざって爽やかな柑橘系の香りが鼻腔を擽った。
今の季節は夏だ。
当然、誰かに触れれば熱い。
もはや熱気の塊と言っても過言ではない彼に強く抱きしめられたせいもあって、のぼせそうになった私は半ばパニックに陥っていた。
初めて家族ではない異性に抱きしめられて告白されて……。
どう対処したら良いのか分からなくて……。
泣きそうになりながら彼の腕の中でもがく。
熱い……。
息苦しくて頭もクラクラしてきた。
助けてほしいのに誰も助けてくれないこの状況に絶望しかけた時、突如として冷たい風が吹き荒れた。
「「許可なく私たちの柘榴お姉様に触らないで下さい!!」」
初めて聞く二人の悲痛な叫びがさらなる風を呼び起こす。
泣きそうな、それでいて何かを恐れているような顔で私の元へ駆け寄ってきた二人は私をその鬼から引き剥がした。
冷気を纏った二人の冷たい手が私の手を捉える。
そしてもう一方の手で私の頬を包み込むとそのまま首元に顔を埋めてきた。
「柘榴お姉様……」
「……柘榴お姉様」
「「柘榴お姉様、柘榴お姉様……」」
グリグリと肌触りの良いひんやりとした髪と滑らかな頬を擦り付けながら何度も何度も私の名前を繰り返す二人。
その声はか細く心なしか震えているようにも感じた。
「さ、ゆき……ゆきと……」
いつの間にか腰に回されていた二人の腕に力が込められる。
二人に挟まれるようにして抱きしめられていた私はあまりの息苦しさにただ喘ぐことしかできなかった。
もちろん、その間にも腕の力は増していき、さらに拘束がキツくなっていく。
さすがにこれはヤバい、となんとか震える声で二人の名を呼べば二人はピタリと止まった。
背骨や肋骨が軋んで痛い。
ケホケホと軽く咳をすれば、二人は慌てて腕から力を抜いた。
「「柘榴お姉様!」」
急に体が楽になりフラついた私を抱きとめた二人が驚きに満ちた声を発した。
そして肺いっぱいに酸素が行き渡り、激しく咳き込む私の背中を撫でてくれた。
圧死するかと思った……。
止まる気配のないそれを繰り返しながらそう思う。
ほどなくして落ち着いた私が顔を上げると二人して件の鬼を睨みつけていた。
剣呑な色を湛えた瞳が一瞬だけ元の色のオッドアイに戻る。
その瞬間、二人の力の片鱗を目の当たりにし、目に見えて怯え出した彼は私と目が合うなり勢いよく顔を横に逸らした。
それも私の存在が、しいては二人の存在までもが恐ろしいとでも言わんばかりの表情でだ。
「柘榴お姉様、今日はもう帰りましょう?」
「柘榴お姉様もお疲れになりましたよね?」
にこりと微笑みながら、そう声をかけてきた二人の目は笑ってはいなかった。
話の内容も私に主導権があるようでいてない。
その証拠に私の返事を聞く事もなく走り出した二人。
桜雪に至っては私を抱き上げたまま走っているのだから驚きだ。
そうこうして辿り着いた我が家に二人は無言で入ると、そのまま丁寧な手つきで私を畳の上に下ろしてくれた。
そして流れるような動きで私の耳元に唇を寄せ、切な気な声で囁くように私の名前を呼ぶ。
「「柘榴お姉様……」」
ぞくりとした何かが背筋を駆け抜けた。
そうして気付いた時には二人に腕を掴まれ何故か押し倒されていた。