7話
「はぁーさっぱりした!」
ゴシゴシとタオルで髪を拭きながら、二人を引き連れ脱衣所を後にする。
「柘榴お姉様、暑いです」
「喉も乾きました」
頬っぺたを赤く染め潤んだ瞳で見上げてきた二人が私の手を引っ張る。
その瞬間タオルが頭から落ち、包んでいた髪が水滴を散らしながら背中へ流れた。
「「わぁっ!!」」
「ふふ、タオルが取れちゃったみたいだね。直してあげるから動いちゃダメだよ?」
「「はい」」
コクリと頷いた二人を尻目に私はタオルと拾い上げると桜雪の髪から包み直した。
その次に雪桃の髪をまとめ上げる。
そして、今度こそ落ちないようにタオルの端を内側へ深く入れ込んだ。
うん、我ながら上出来だ。
これで当分は落ちてこないだろう、と大きくなった二人の頭を見てそう思う。
後は、水分補給か……。
暑いせいで、くてっとなった二人が冷たい床に座り込む。
そして、ふにゃりとした表情で微笑んだ。
「気持ちいいですね雪桃」
「ふふ、そうですね桜雪」
いつもより色の濃くなった桜色の唇から可憐な声が紡ぎ出される。
ペタペタと床に触れる手の動きですら可愛いのは家族の贔屓目か、それとも攻略対象者ならではの補正なのか気になるところだけど、さすがに私も喉が渇いた。
すぐさま台所へ直行した私は冷えたお茶をコップに注ぐと一気に飲み干した。
くぅ〜生き返る!
つぅ……っと口の端から零れたお茶を手の甲で拭った私は新しいコップにお茶を注ぎ二人にも差し出した。
「はい、どーぞ」
「「ありがとうございます柘榴お姉様」」
お礼を言うなり口をつけた二人。
よほど喉が渇いていたのかコップの中のお茶が瞬く間に消えていく。
まあ、一口一口が小さいからまだ半分も飲めていないんだけど……もう、ね?
そんなところも素晴らしく可愛いんだから全く隅に置けないよね!
きっといつか萌え死ぬ日がくる。
そう確信してしまうほどに今の私の心臓は激しく荒ぶっていた。
とにかくいったん落ち着こうと香油を取りに居間を後にした私は寝室にて深呼吸。
そして再び居間に戻ってくると何故か二人の目が大きく見開かれた。
「「ざ、柘榴お姉様!」」
慌ててコップを床に置くなり駆け寄ってきた二人が勢いよく私に抱きついてきた。
ギュウギュウときついくらいに抱き締めてくる二人の背中をさすり宥める。
どうやら二人は私が側を離れた事に気付いていなかったらしく、さっきまで近くにいたはずの私が居間に入ってきた事に驚いたのだと途切れ途切れに教えてくれた。
コップの中にはまだお茶が残っている。
もう飲まないの?と問えば緩く首を振った。
不安そうに瞳を揺らしながら見上げてくる二人。
そんな二人の手を取り元の場所に戻った私は再度お茶を飲むように促したが、それでも飲もうとしないのは私がまたいなくなると危惧してのことだろうか?
そうだとしたら、ちょっと不謹慎かもしれないけど嬉しい。
いや、まあ……私の勘違いという可能性の方がありえるわけだけれどもね…………。
そこはあえて気にしない方向でいきたい。
「……さてと風邪引く前に髪、乾かそっか」
未だに私の着物を掴んで離さない二人に優しく声をかけ頬を撫でる。
プニプニとした弾力と手のひらに吸い付いてくるような手触りが気持ちいい。
「あの……柘榴お姉様。今から髪を乾かすのですか?」
「時間を置いて乾かすのではなく、ですか?」
パチパチと目を瞬かせた二人が揃って首を傾げる。
そんな二人の問いかけに私は是の意味を込めて頷くと着物の袖口から香油を取り出した。
「これで桜雪と雪桃の髪を整えたいと思います!それじゃあ始めるね」
そう声をかけ私は二人の頭を包んでいたタオルを取り去った。
そして二人の髪に香油を馴染ませ櫛で梳かし艶を出していく。
最後の仕上げに私の能力で熱風を出すこと数分、二人の髪は未だ嘗て見た事のない程に見事な髪に生まれ変わった。
ふわりと薔薇っぽい香りが鼻腔を擽る。
艶々とした灰色の髪が私の手のひらから滑り落ちた。
「うん、こんなものかな……ってどうしたの?」
眠たいのか目をごしごしと擦っていた二人が名残惜しそうな表情で顔を伏せた。
そしてポツリと小さな声が私の耳に届く。
「もう……終わりですか?」
「もっとして頂けないのですか?」
ウルウルとした瞳の上目遣いが容赦なく私の罪悪感を刺激する……と同時に萌え心をも刺激する。
あまりの可愛さにくらりとするもそれをなんとか堪えた私は二人に約束を取り付けその場を乗り切った。
……まあ、約束とは言っても“また明日乾かしてあげるから今日は我慢してね”と言っただけなんだけれども。
でも、その言葉だけで二人の瞳がパアァっと輝く程度には効果があったようだ。
本当に何故こんなにも可愛くて素直な二人が乙女ゲームの中では、あんなにも残酷で恐ろしい考えを持った存在になってしまうのか……。
もはや、不思議でしかないよね……と自身の髪を乱雑に拭きながら思う。
うーん……と考えあぐねていると突然、双方から声がかかった。
「「柘榴お姉様」」
「ん、はい!」
「?……あの、私たちも柘榴お姉様の御髪を整えたいのです」
「なので御髪に触ってもいいですか?」
私の膝の上に手を置いて身を乗り出してきた二人が下から見上げてくる。
ふと、二人の手元を見てみれば桜雪の手には香油が雪桃の手には櫛が握られていた。
「ん?こんな髪でいいならいつでも触っていいよ」
「「本当ですか!?」」
「うん。結構ボサボサだけど整えてくれる?」
「「はい!お任せ下さい」」
いつになく弾んだ声で大きく頷いた二人はさっそく私の髪を整え始めた。
あれだけ適当に拭いていた髪だ。
きっと絡まって大変だろうに二人は楽し気な様子で丁寧に梳かしてくれた。
本当に感謝をしてもしきれない。
だって今までで一度たりとも髪を整えるのに痛みを伴わなかった事なんてなかったんだよ?
それが今日はどうだろうか?
いつも涙目になって髪を綺麗にしてた事が嘘だったかのように痛くない。
もはや尊敬に値する手技だよね、とサラサラになった自分の髪を手に取り眺めていた私は外から響いてきた鐘の音にハッとした。
お昼を告げる合図が今鳴った。
もうそんな時間なのかと反射的に顔を上げれば、それに驚いたらしい二人がびくっと震えた。
「ねぇ桜雪、雪桃今から一緒にお買い物に行かない?」
「おかいもの……ですか?」
「うん、お買い物だよ」
「柘榴お姉様と一緒にですか?」
「うん、もちろん」
交互に問いかけてくる二人の質問に答えながら財布を懐に入れ二人とともに玄関へ向かう。
ここからお店までは歩いて二十分程度の距離だったはずだ。
少し遠いけど、三人で行けば然程そうは感じないだろうと考えた私は玄関の鍵を閉め二人と手を繋いだ。
とりあえず道中は“しりとり”をしながら行こうと決め、私は口を開いた。




