6話
トントントン……と子気味良い音が居間に響く…………ではなく実際はトン……トン、カンッ……というような不規則な音が響く。
もちろん最後の“カンッ”は野菜を切り損ね、包丁でまな板を勢いよく叩いた音だ。
どうにも体が小さくなったせいか上手く包丁を扱う事ができず、いまいち手際が悪い。
それに月影柘榴になってから一度も包丁を握ってこなかったのも原因の一つだと言える。
本当はお手伝いさんとかを雇えばいいんだろうけど二人の事を考えるとね……。
なんというかそれも憚られるといいますか。
はあ……と軽くため息を吐いた私はようやく切り終えたじゃが芋を鍋に投入した。
「柘榴お姉様、拭き終わりました」
「私もです。お箸も並べ終わりました」
グツグツと水が沸騰してきた頃、ひょこっと台所の下から灰色の頭が二つ飛び出てきた。
その反動で後ろに結わえた二人の長い髪がさらりと揺れる。
うん、可愛い。
やはり、ポニーテールにして正解だったと一人納得し頷いていると、褒めて褒めてと言わんばかりの表情で二人が私に布巾を差し出してきた。
「ありがとう桜雪、雪桃」
身長が足りないが故に木の箱を台として使っている私の足元に身を寄せてくる二人の頭を撫でる。
その際、木の箱が歪んでいるせいでバランスを崩しかけたがなんとか持ち堪えた。
さすがは私の運動神経。
“鈍臭い”と風見先生に言わしめた神経だけど、やれる時はやれるようだ。
まあ……やれるとは言ってもたかが体制を立て直したにすぎないのだが…………。
それでも二人を下敷きにしなかったんだから良くやった方だよね……と半ば無理やり思い込んだ私はようやくできた味噌汁を味見してから二人に声をかけた。
「それじゃあ今度はこのお皿を向こうの食卓に運んでくれる?」
「「はい、柘榴お姉様!」」
「ありがとう。気をつけて運んでね?」
とりあえずこの危なっかしい踏み台は後でどうにかするとして今は朝ごはんが先だ、と思い至った私はにこりと微笑みながら手を伸ばしてくる二人の手に重くないであろうお皿を乗せた。
二人がそれを運んでいる間に味噌汁をお椀に注ぎ、お茶碗にご飯をつぐ。
時折「あ……」と小さく漏れる二人の声が可愛い。
どうやら、お皿に集中するあまり足元を確認していなかったようだ。
何せ途中で物を蹴っては立ち止まるというような姿を数回目撃したからね。
うん、この時ばかりはまだ少しだけ散らかっている床に感謝した。
そんなこんなで、朝食の準備が整った私たちは仲良く食卓の前に膝をつき、手を合わせる。
よほどお腹が空いていたのか、黙々と箸を進める二人に頬が緩む。
箸使いなんかも綺麗でとても四歳児とは思えなかったがモグモグと咀嚼する姿は年相応で愛らしい。
はっきり言って癒される。
早々に朝食を食べ終えた私は食後のお茶を飲みながら二人が食べ終わるのを待った。
「「柘榴お姉様」」
「ん?なぁに?」
「「とても美味しかったです。ご馳走様でした」」
そっと静かに箸を置いた二人が満面の笑みを浮かべてそう言った。
とても幸せそうに笑う二人が愛おしくてつい反射的に抱きしめてしまったけどこればかりは致し方ないと思う。
だって可愛すぎる二人が悪い。
「うん、お粗末様でした」
ああ、もう幸せすぎて辛い。
それも“美味しかった”の一言で胸がくすぐったくなって嬉しく感じるほどに。
そのせいか、軽く顔が火照って体も熱い。
いったん熱を冷まそうと私が体を離すと、今度は二人が私にピターっとくっついてきた。
丁度いいポジションを探しているのか、二人が擦り寄るようにしてモゾモゾと動く。
「ふふ、温かいです」
「大好きです柘榴お姉様」
ピタリと動きを止め腕の力を強めた二人が私の着物に顔を押し付け笑う。
体の中で二人の声が響いてなんだかこそばゆい。
クスクスと笑いそうになるのを堪えながら二人のポニーテールに指を通してその感触を楽しむ。
やっぱり、いつ触っても冷んやりとしているのは能力が関係しているのだろうか?
確かな根拠はないけど、そう考えてしまうほどに二人の髪は冷たくて気持ちいい。
もちろん、私の髪は熱くもなんともないのだけれど……。
まあ、その話はさておき、次は守花の印だ。
この術は構造的にも結構難しいから苦手なんだけど……その分効果は期待できるんだよね。
それも力の強い鬼が施せば強力な結界として機能する位にはすごくて、術の存在も公にはされていない特別なものだから尚更だ。
無論、私の場合、力が弱いからできて二人の居場所が分かる程度のものなんだけどね。
しかも、一度使えば術が解けてしまうレベルの……。
それでも……弱くても、あって損はないはずだ…………多分。
「ごめんね桜雪、雪桃。今からちょっと護身用を兼ねた術をかけるから少し離れてもらってもいいかな?」
「「?……私たちにですか?」」
「うん」
私の着物から顔を離し、そのまま首を傾げた二人に是の意味を込めて大きく頷いた。
じぃ……っと真剣な面持ちで見つめてくる四つの大きな瞳に私の間抜けな顔が映り込む。
うん、これはない。
……せめて…………せめて、もう少しまともな表情はできなかったのか私!と己を悔やんでいると不意に二つの温もりが私から離れていった。
「どうぞ柘榴お姉様」
「お願いします」
私の目の前で背を正した二人が覚悟を決めたかのように目を伏せた。
きゅっと固く引き結ばれた桜色の唇がいじらしい。
それじゃあ始めるね、と声をかければ二人は小さく頷いてくれた。
ふぅ……っと、ゆっくりと息を吐きながら目を閉じ集中する。
思い起こすは前に本で読んだ術の工程だ。
複雑かつ繊細なそれをなんとか形にしていく。
どれくらいの時間が経っただろうか?
やっと術が完成した私は最後の仕上げに二人の耳朶に指を添え力を流した。
するとゆっくりとだが確実に花の模様が浮かび上がる。
じわり……と滲むように色が濃くなっていくそれ。
術者の能力にちなんだ色に染まるらしい花は今や黒に近い紅色にまで変わった。
「桜雪、雪桃」
袖で額の汗を拭いながら二人の名を呼ぶ。
そして終わったよと続けて言えば、ほっとしたような表情を見せた。
「暑いのですか?」
「柘榴お姉様?」
そっと私の首に冷たい手が触れる。
「うん、暑い……」
「なら私たちが冷やしてあげますね」
「他に冷やしてほしいところはありますか?」
ペタペタと私の顔や手に触れながら二人が言う。
力を使ってくれているのか、いつまで経ってもその手がぬるくなる事はない。
ていうか気持ちいい。
ほどなくして少しずつ汗が引いていった私は二人に礼を述べ、頭を撫でる。
……とりあえずこの湿った髪をなんとかしたい!
その一心で私はお風呂を沸かすべく席を立った。




