5話
「「……ろ……………ま。ざくろ……え……さま。柘榴お姉様……」」
ユサユサと体を揺すられ遠慮がちに声をかけられる。
んーっと声を出して応答するもいかんせん体が重たい。
目を開けるのも億劫で、無駄にだらけていると不意に体の揺れが止まった。
「……起きませんね」
「お疲れなのでしょうか?」
二つの小さな手が私の頭を撫でる。
それが思いの外に気持ちよくて、つい微睡んでしまった私を気遣ってか二人の手が私から離れた。
そして床から足音と少し遅れて布を引きずるような音が直に伝わってきた。
「雪桃、そこの端を持って頂けますか?」
「はい。桜雪……せーの、ですよ?」
「「せーの」」
可愛らしい掛け声とともに、ふわりと柔らかなタオルケットがかけられた。
私の口元まで引き上げられたそれからは甘い香りが漂う。
優しい手つきでポンポンと軽く叩きながらタオルケットを丁寧に整えてくれたらしい二人が満足したような雰囲気で、掛布の上に座り込んだ。
そして、ぐいーっと肩を押され仰向けになった私の隣に横になった二人がくすくすと控えめに笑う。
「ふふ、なんだか楽しいですね雪桃」
「そうですね桜雪。それに柘榴お姉様が温かいせいか、少し眠たくなってしまいますね」
「確かに……でも我慢ですよ。柘榴お姉様におはようございますってご挨拶をしてぎゅっと抱きしめてもらうのですから」
「ええ、分かってます。あと、頭も撫でて欲しいですよね」
楽しそうに言葉を交わしていた二人がモゾモゾと動き出す。
次はどんな事をしてくれるんだろうか、とそれが気になって起きるに起きられなくなった私は二人が行動に移すのを待った。
できれば頰っぺたにちゅってしてほしい……。
そして大好きって言ってから起こしてほしいんだけど……さすがに無理かなぁ…………。
主に心臓が、とそんな取り留めのない事を考えていた私だが、少し不安になってきた。
だって、いくら待っても二人の可愛らしい声が響く事もなければ触れられる事もないんだよ?
さすがにちょっと心配になってきた……。
「「おはようございます柘榴お姉様!」」
ついに耐えきれなくなった私が目を開けると二人の顔が飛び込んできた。
どうやら、ずっと近くで見つめられていたらしい。
その証拠に今も二人の顔が異様に近い。
んーっと軽く伸びをしながらタオルケットを捲ると二人が手を差し伸べてきた。
可愛い……。
天使かと見紛う程に愛らしい二人の笑顔に癒される。
さらに、その微笑みが眩しく見えた私はつい目を細めた。
「おはよう……桜雪、雪桃」
無意識に伸ばしていた手が二人の手に触れる。
すると二人が私の手を握り腕を引っ張って起こしてくれた。
床で寝ていたせいか、じゃっかん体が強張っている。
今、体を捻れば確実に骨が鳴るであろうほどには。
正直に言ってかなり痛い。
私を二重の意味で起こし終えた二人は満足気に一つ頷くと、私の前に腰を下ろし無言で身を乗り出してきた。
そしてどこか期待したような面持ちで頭を差し出され、反射的に二人の髪に指を通し、撫でた。
さらりとした白い髪が手のひらを撫でていく。
その白を見つめながら今日やるべき事を思い出していると着物を引っ張られた。
「柘榴お姉様」
「ん?なぁに?」
「ぎゅうってして下さい」
「「お願いします」」
半ば抱きつかれるような形で見上げられ今度は二人の薄い色合いで構成されたオッドアイが姿を現わす。
やっぱり二人の髪や瞳の色なんかもどうにかしないとダメだよね……。
二人の要望に応え抱きしめながら考える。
何せ、力が強いとされる家にしか名乗る事を許されない五聖華の位を古くから持つ月影家が、その色の示した力の強さを危惧し閉じ込めたくらいだからね。
あ、ちなみに五聖華とは五つの家のみに与えられた、言わば最上爵位のようなものだ。
まあ、爵位と言ってもそこまで大袈裟なものではなくて代表みたいな感じなんだけど……。
簡単に言えば鬼総会に出席できるのが五聖華の位を持つ者だけで、そこに出席した鬼は自分が統治している地域の代表として現状を報告し最善を務めるというような役割を持つ。
うん、やっぱり代表がしっくりくる。
とにかくかなり話が脱線したが、その強い家が二人を危険だと見なしたのは単に視覚情報による色と、体に収まりきらなかった力のせいじゃないかと考えられる。
二人ともだいぶ力は抑えられていると思うから、あとは色を変えれば問題はないはずなんだよね。
そうと決まれば、まずは色華の術を二人に覚えてもらう事にしよう。
思い至ったら即行動、これに限る。
「桜雪、雪桃」
「「なんですか?」」
「今日は朝ごはんの前に一つ新しい術を覚えてほしいんだけど……いいかな?」
「新しい術、ですか?」
「柘榴お姉様が教えて下さるのですか?」
「う、うん。上手く教えられるかどうかは分からないけど……」
二人の背中を撫でながら名を呼び用件を伝える。
すると二人はきょとんとした表情から何故か顔を綻ばせた。
ニコニコとしながら私から身を離した二人が私を見上げてくる。
それも、お行儀良く正座をした状態で。
「柘榴お姉様に教えて頂けるだなんて……」
「とても嬉しいです」
「「それで何を教えて頂けるのですか?」」
期待に満ちた瞳が爛々と輝く。
「えっと二人の髪の色と目の色を変える事ができる色華の術を教えたいと思います」
「「しきか……ですか?」」
「うん、そうだよ」
「えっと……それは髪と目の色を変えられるのですよね?」
「その色はなんでもいいのですか?」
二人の問いかけに是の意味を込めて頷く。
そして私が知る限りのやり方とコツを教えると二人はすぐにそれを行動に移した。
私の言った通りにきゅっと目を閉じている姿はたいへん愛らしい。
少しずつ髪の色が変わっていく様を見守りつつ朝ごはんの事を考えていると、つい夢中になってしまっていたのか気付いた時にはもう終わっていた。
ていうかその色……。
「どうですか?柘榴お姉様」
「柘榴お姉様と同じ色にしてみたのですが……」
「「ダメ、ですか?」」
ウルウルとした深紅の瞳で見上げてきた二人の艶々とした黒髪がさらりと肩から溢れた。
どこか不安そうな面持ちで私を待つ二人。
文句なしに可愛い。
ていうかすごく似合ってると思うし、個人的にはとても好き。
だけど、黒髪はさすがにバカにされるよね……。
だって黒色は力の弱い鬼の象徴みたいなものだし。
「ううん、全然ダメじゃない。だけど、髪の色は私の黒と桜雪と雪桃の白を合わせた灰色にしない?」
「「はいいろ……?」」
と揃って首を傾げた二人を見て慌てて灰色を探すというような事態に陥ったが、無事二人の髪色を灰色にできた。
本当は髪の色も私とお揃いにしたかったらしい二人は頑なに灰色を拒んだけど、私が説得するために言った“私たちの色”という言葉に快く納得してくれた。
その証拠に今も嬉しそうにはにかみながら髪を弄り合っている。
そんな二人を尻目に台所に立った私は髪を紐で括り、袖をまくった。
そして水で手を洗ってから朝食の準備に取りかかった。




