4話
家に上がり、まず最初に発見したのは木の扉で、玄関から入ってすぐ右手にあった。
手で触れば確実にトゲが刺さるであろう扉は見るからに危険だ。
あれって地味に痛くて、なかなか取れないから嫌なんだよね……。
まあ、一応取っ手の部分は触っても怪我しない程度には綺麗だから問題はないんだろうけど……。
それでもやっぱり心配な事には変わりない。
じぃ……っと興味深く扉を見つめている二人を見てそう思う。
きっといつの日か、この扉のせいで怪我をする日がくると、そう確信してしまうほどに二人の目は好奇心で満ち溢れ、瞳を輝かせていた。
「桜雪、雪桃」
二人の手を軽く引きつつ名前を呼ぶ。
「あのね私とお約束してほしい事があるの」
「お約束……ですか?」
「柘榴お姉様と私たちだけのですか?」
「うん、私たちだけのお約束だよ」
きょとんと小さく首を傾げた二人は次の瞬間パアァと顔を綻ばせた。
どうやら“私たちだけのお約束”がお気に召したらしい。
至極嬉しそうに“お約束”と声に出し目を細めて笑う二人は期待に満ちた目で私を見つめてきた。
「お約束ですよね?」
「どんなお約束なのですか?」
「「柘榴お姉様、早く教えて下さい」」
早く早くと急かすように着物を引かれる。
ほんのりと桜色に上気した頬と上目遣いの組み合わせは最高に愛くるしい。
これで甘えられたりなんかしたらもう……どんなお願いだって叶えちゃうよね!っていうくらいの破壊力だ。
あまりの萌え要素にくらりとするも、なんとか踏みとどまった。
ヤバい……マジで悩殺される。
「桜雪も雪桃も取っ手は分かるよね?」
と荒ぶる心を落ち着かせつつそう問いかければ二人はこくりと頷いた。
そして「あれですよね?」と僅かに弾んだ声と共に指が向けられる。
「うん、あれだよ。それでね?あの取っ手以外は危ないから触らないでほしいんだけど……お約束してくれる?」
一度二人の手を離し頭を撫でながら答えを待つ。
もっと、と頭を手のひらに擦り付けてくるその動きが小動物みたいでとても可愛いが今は確約がほしい。
そっと二人から手を離し床に膝をついた私は下から二人の顔を覗き込んだ。
「……触ってはいけないのですね」
「それがお約束なのですね」
「うん、守ってくれる?」
「「はい……」」
悲しそうに目を伏せながら頷いた二人が今にも泣き出しそうな顔で腕を伸ばしてきた。
そして私の首元にその可愛らしい顔を埋めてくる。
……さすがにちょっとやりすぎただろうか?
まるで離さないと言わんばかりにぎゅうっとしがみついてくる二人の背中を撫でながら反省する。
どうやって二人の機嫌を直そうかと考えあぐねていると不意に腕の力が強まった。
「……さっきみたいなのはもう嫌です」
「少しだけ怖かったのです…………」
弱々しく発せられた声に良心が痛む。
ごめんねと小さく謝れば二人はフルフルと顔を横に振った。
その仕草があまりにも可愛くて二人を本格的に抱きしめると小さな笑い声が聞こえてきた。
首に二人の息がかかってくすぐったい。
思わず笑ってしまった私から顔を離した二人はお互いに顔を見合い微笑んだ。
「「柘榴お姉様」」
「ん?なぁに」
「「大好きです」」
可憐な声で紡がれたその一言に胸がきゅうっと締め付けられた。
まさか二人の口から“大好き”と言われる日が来ようとは……。
いろんな意味で感極まり自身の胸を押さえ、この溢れ出てくる愛おしさに震えているとぷにっとした感触が両頬を襲った。
あまりの衝撃にぴしりと固まった私をよそに恥じらいつつも幸せそうに顔を緩めた二人が私の手を握る。
そして私の手に頬を擦り付け甘えてきた。
「「柘榴お姉様は……好き、ですか…………?」」
とどめと言わんばかりのそれに私は勢いよく首を縦に振った。
それにしても首を微かに傾げてそんな事を聞いてくるだなんて……。
いじらしすぎる。
ていうか可愛すぎて辛い。
いったいどこで、こんな一撃必殺と言っても過言ではない手練手管を学んだのだろうか?
このままじゃ心臓がいくつあっても足りない。
それどころか絶対に悶えながら萌え死ぬ日が来るとすら断言できる。
だって、さっきは私の頰っぺたにチュウをして、今は私の手のひらに唇を寄せて……って無意識に私を籠絡しようとしてるよね!?
「この前、柘榴お姉様にこうして頂いてとても嬉しかったのです」
「ですから私たちも柘榴お姉様にお返しをしてみたのですが……」
「「どうですか?嬉しいですか?」」
不安そうな面持ちで言ってのけた二人に私は頷く事しかできなかった。
…………どうやら私自ら二人に手練手管を教えてしまったようだ。
言わば自業自得。
いや、むしろご褒美なのかもしれないけど今の私では免疫がなさすぎるから心臓に多大なる負荷がかかるんだよね……。
可愛すぎるってそれだけで罪だと思う。
まあ……それはさておき、あの時、まだ二人が地下牢に閉じ込められている時に一度だけ二人のフクフク頰っぺたにチュウをしたんだよね。
きっとそのせいだ。
寝ていると思ってたけど、どうやら起きていたらしい。
なんだか少し恥ずかしく感じる。
「さ、さてお約束もちゃんとできたし、改めて探検を再開しようか?」
「「はい」」
「それじゃあ、桜雪と雪桃の二人でこの扉を開けてくれる?」
急に気恥ずかしくなった私は気を取り直して目の前の扉に集中した。
ん……!という掛け声と共に開けられたその先にあったのはトイレで、最初に見た時はこれが乙女ゲームクオリティかと妙に感心したのを覚えている。
時代は江戸時代とかそこら辺なのに何故かトイレだけは水洗だという都合の良さ。
もちろん個人的には助かったから文句がないのは言うまでもないけど。
その後も探索を続け家全体を把握した私たちは玄関に置きっ放しにしておいた荷物を部屋内に運び入れた。
布団は寝室らしき部屋へ、食べ物の類は保管庫の中へと。
ちなみに保管庫の中は青色の鬼石と呼ばれる石が入っている。
これは簡単に言えば電池のような物で色によって役割が違う便利アイテムである。
赤色であれば“火”で、青色であれば“氷”、黄色は“光”で、緑色は“風”というような役割を持つ。
その他にもいろんな色があるが、それらはあまり主流ではないらしい。
私も本で得た知識だから詳しくは知らないんだけど……。
そうこうして家の片付けがだいぶ終わった私は凝り固まった体をほぐすべく大きく伸びをした。
そして欠伸をしつつ外を見てみれば結構な時間が経っていたらしく辺りは真っ暗だった。
ヤバい……急いで夜ご飯を作らないと。
そう思うのに体が疲れているのか動く事を拒否する。
それどころか瞼が重たくて目を開けているだけでも辛い。
そう言えば二人はどうしたのだろうかと探してみれば床で小さく丸まるようにして眠る二人の姿が見えた。
さすがに二人を寝室に運ぶ気力がなかった私は近くに置いておいたタオルケットを取ると二人にかけ、私もその場に寝転がった。
床が硬くて寝づらいはずなのに疲れているせいか全然、苦ではない。
とりあえず明日、二人に護身用として守花の印をかけようと決め私は目を閉じた。




