1話
長い廊下を二人の歩幅に合わせて歩く。
初めて見る光景に戸惑っているのか不安そうな様子で私の方へと身を寄せてくる二人。
私の手を離すまいとしているのか二人の小さな手には力が込められ、さっきよりも強く握られた。
それでもキョロキョロと辺りを見回しているのは好奇心が勝ったからだろうか?
クリクリとした大きな目が色んな物を映す。
「あの……柘榴お姉様」
「ん?どうしたの?」
「あれは、なんですか?」
可愛らしい声と共に桜雪の人差し指がある花に向けられた。
その先にあるのは薄くオレンジ色に色づいた花。
「あれは金木犀って言うんだよ」
「きんもくせい……ですか?」
「そう、金木犀。秋頃に咲くお花でね?この甘い香りの正体があのお花」
小さなお花が木いっぱい咲くんだよと続けて言えば桜雪はもちろん、雪桃もその花を見つめた。
そして満足したのか二人が私の顔を見てふわりと微笑む。
どうやら今の説明で問題はなかったらしい。
上手く説明できたかどうかは怪しいところだけど……。
ふぅ……と内心で小さく息を吐けば今度は雪桃が私の手を軽く引く。
「では、あの金木犀のお花の色……あの色の名前はなんて言うのですか?」
「色?あの色はオレンジ……いや、橙色って言うんだよ」
「あの色が橙色なのですね?では、柘榴お姉様の御髪の色は何色ですか?」
「私の髪の色は黒色だよ。ちなみに桜雪と雪桃の髪は白色だね。」
初めて色と名前が一致したと言わんばかりに目を輝かせた二人。
きっと色の名前は知っていても、それがどの色を表すのかまでは教えてもらえなかったのだろうと勝手ながらに推測する。
次期当主候補である二人に対して常に暴力を振るっていたような人物だからね。
ただ一方的に口頭のみで授業を行っていた可能性の方が高い……。
ていうか絶対にそうだと思う。
そう結論付けた私は、その他にも目についた色の名前を教えながら長い廊下をのんびりと歩いた。
どうやら、桜雪も雪桃もいい感じに緊張が解けたようだ。
その証拠に二人はまろい頬を桜色に染め、はにかんでいた。
何故私の弟たちはこんなにも可愛いのだろうか?
もうね、仕草とか控えめに微笑む表情とかが犯罪級に可愛いんだよね……。
いくら攻略対象者だからと言っても、これは度が過ぎていると思います!
この世界にカメラがないのが非常に悔やまれる程にね!
そんな愛らしい二人がもうすぐ私の部屋に着くというところで急に足を止めた。
「桜雪……雪桃……?」
どうしたの?と顔を覗き込みながら問えば二人はどこか緊張した面持ちで口を開いた。
「…………あのお部屋は柘榴お姉様のお部屋、ですよね……?」
「……何故、中に鬼がいるのですか?」
堅さを帯びた幼い声。
言い切ると同時に顔を俯かせた二人の体は小さく震えていた。
二人の手が私の手から離れていく。
「……結局、貴女も他の方々と同じだったのですね……」
「…………今までの言葉は嘘、だったのですね……」
「「やはり……他人など信用するべきではなかったのですね」」
ゆっくりとした動きで上げられた顔は悲しみで彩られていた。
目には拒絶の色が浮かんでいる。
これはヤバいと手を伸ばして頭を撫でてみても二人の様子は変わらなかった。
それどころか私に触られるのも嫌だと言わんばかりに二人は私から一歩遠ざかる。
「待って……」
行き場を失った手が無意識に二人の方へと伸びる。
潔く出た声は情けないほどに掠れていた。
あともう少しで二人に触れられる。
それなのに私はまた拒絶されるのが怖くて手を伸ばすのをやめてしまった。
可愛い弟たちに拒まれるのはいくらなんでも辛い。
それも他人を見るような冷たい目で見られればなおさらそう感じてしまうのも致し方ないと思う。
それに久々に感じた死亡フラグの気配に怖気づいたせいでもある。
とにかく私が何を言いたいのかというと、この状況が非常にヤバいという事である。
分かりやすく例えるなら崖から落ちる一歩手前といったところだろうか?
なんとしてでも回避しなければ私が死ぬかもしれない、そんな危機的状況が現在進行形で私の身に降りかかっている。
この困難をどうやって切り抜けるべきか時間をかけて考えたいところだけど、そんな悠長な事を言っている場合でもない。
こういうのは時間で全てが決まると言っても過言ではないと思うんだよね。
……うん、絶対に先手必勝だ。
だって長年にわたって培ってきた私の感がそう言っているような気がするから。
まあ、前世の私がどれだけ生きたのかは覚えてないんだけど……。
すぅ……っと軽く息を吸った私は力強く手を握りしめ二人の目を交互に見つめた。
そして……。
「ごめんなさい!」
誠心誠意、心を込めて謝った。
もちろん思いっきり頭を下げる事も忘れない。
古今東西、自分が悪い事をしでかしたのであれば相手が誰であろうと謝るのが当たり前だ。
それは前世の私の知識であって今世のものではないんだけど……。
今世の教えでは目上の者に対しては謝罪を必要とするが、目下の者に対しては不要である、との事らしいからね。
そんな教えでどうやって仲直りをするのか少し気になるところだけど気にしている暇はない。
とにもかくにも早く誤解を解かなければ……!
そう覚悟を決め、恐る恐る顔を上げてみれば二人の困惑した表情が目に入った。
「ごめんなさい、今のは完璧に私が悪かった。ちゃんと説明してからじゃないと怖いのにね。あの部屋にいる鬼は私の先生なの。決して二人を傷つけたりはしない。そこは約束する!」
言い訳とも取れる内容を早口にまくし立てる。
「だから……もう一回だけ私を信じてくれると嬉しいです…………」
緊張のあまり声が震えた。
廊下に膝をつき二人と目線を合わせて許しを乞う。
お互いに何も話さないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
ザァァ……っと木や草花が揺れる音が大きく聞こえるほどに、辺りは静かだ。
緩やかな風が髪をさらっていく。
二人の長い髪が乱れていく様を視界の端で捉えつつ、じっと待っていると不意に二つの幼い声が私の耳に届いた。
「柘榴お姉様は……ずっと私たちを見ていて下さいますか?」
「ずっと私たちと一緒にいて下さいますか……?」
「「あのお部屋に入っても、ずっと手を握っていて頂けますか?」」
耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうなくらいに小さな声で問われる。
その問いに頷いた私はそっと両手を二人に差し出した。
「うん、二人が大きくなるまでずっと一緒にいるし目も離さない。……だから私と仲直りしてくれる?」
だんだんと自信がなくなってきたせいで声が尻すぼみになっていく。
姉として……年長者として情けないなと感じるも、後の祭りだ。
はあ……と口からため息が出そうになったが手のひらに感じた温もりに慌てて意識を戻す。
私の手に乗せるような形で置かれた子供特有の丸みを帯びた手。
「「はい」」
色よい返事と共に微笑んだ二人。
やっと許してもらえたと安堵した私は二人の手を引っ張り腕の中に囲い込むと、そのまま抱きしめた。
二人が嫌がらないのを確認して、ほっと息を吐く。
どうやら二人に拒絶されたのが、思いの外堪えていたらしい。
…………うん、確かに可愛い子に拒否されれば泣きたくもなるよね……。
そう一人で納得しつつも、もう二度とこんな経験はごめんだ!と心の中で涙したのは言うまでもなく、これからはもう少し周りに気を配れるようになろうと私は新たに決意した。
皆様、明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m