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 迎えた朝。その日は朝からしんしんと雪が降っていた。今日から冬眠保全――『見回り』が始まる。目覚めて顔を洗い終わる頃には緊張感も極まり、ギルドに着いた時間はいつもより随分早い。二階の住居から降りてくる支部長を出迎えてしまったくらいだ。


「ずいぶん、早く出勤したね。……緊張してるのかい?」


 びっくり顔の支部長に訊かれ、少しと頷く。すると、そう固くならずに、ほら座ってなさい、といつもの暖炉前の椅子に落ち着かされる。ギルドの火種は夜でも消えない。多少弱くとも、熱に当たれば体は緩んだ。


「まあ、これでも飲んで」


 一度カウンター内に入った支部長は、両手に二杯のマグを持っていた。


「いただきます」


 ほんのり甘い匂いで、口をつければとろりとした蜂蜜の甘みとほのかなハーブの香りが広がる。ユイエさんもよく飲んでいる、熊人の常飲する蜂蜜ティーだ。


「私は、というより、多くの熊人は蜂蜜が好物だが、きみはどうかな」

「私も好きです。……美味しい。ありがとうございます、支部長」


 温かく甘い飲み物と暖炉のおかげで、肩の力がすっと抜けていく。その様子を見て、支部長はにっこりと笑った。


「『見回り』の何にそんな緊張してしまったのかな?決まった家に決められた日数、異常がないか見に行ってあげるだけの仕事だよ。聞けば、経路や順番を確認するためにわざわざ下見もしてきたそうじゃないか。そこまで意欲的に取り組んでくれているなら、何も心配はないよ。大丈夫」


 難しいことなんて何もないよ。ぽんと背を叩かれ、そうですねと深く頷き返す。実際そこまで簡単なことではないけれど、深刻になる話でもないのも確かで。


「その……前に少しお世話になっていた熊人のひとがいて。そのひとから、冬眠の危険さとか、冬眠中の注意点とか、色々聞いたことがあるもので。もしそういう何かが起きた時、ちゃんと対処できるかと考えたら、緊張してきてしまって」


 だから言い訳するように告げて、誤魔化して笑った。そんな私の顔は、多分不安げだったのだろう。きみは本当に真面目だねと感心したように顎をさすり、


「冬眠中の異常事態なんて、早々起こらないものだ」


 大丈夫さ、ともう一度強めに私の背を叩いた。


「……そうですよね」


 私はただ、頷いた。



 日常業務を終える頃を見計らったようにジオルドさんがやってきた。手には一羽のラビイ――中型犬サイズの、ウサギそっくりの動物――を持っていて、狩猟担当のカウンターで換金していた。

 その間に私の用意も整い、では行くか、ということになった。揃ってギルドを出て、二人で決めた経路を歩く。降雪が増えさらに悪くなった足場に苦心しながら進んでいれば、俺の後をついてきた方が楽だぞと言われ、彼が踏み固めた雪の道の上を素直に歩くことにする。


「大きな通りに出れば、雪かきもされているんだが。ここらは裏の方だからな」


 ぼそりと言いながら、力強い動作で私のふくらはぎ程度まで積もっている雪をのけていく。格段に、進むのが楽だ。


「熊人ならば、女であってももう少し体格がいいからな。この程度ならば自分でかきわけられるが。……お前は小さいから、わずかな雪でも埋まってしまいそうだ」


 ふっと鼻で笑ったような気配がする。小さいとは失礼な、大きな背に向かって言い返せば、気にしているのかと聞かれる。


「別に、気にしてるわけじゃないですけど。……私の種族ではこれくらいが普通の身長ですし、熊人が大柄すぎるだけでしょう」

「種族差、か。……そういえば、お前は何族なんだ」

「……秘密です」

 唐突な質問にちょっとどきっとする。が、乙女の秘密ですよと言葉を重ねて明言を避けた。


「何だ、その言い分は」


 妙な顔で肩越しに見下ろされたけれど、深くは追及されなかった。




 そうこうするうちに一軒目にたどり着いた。肩や頭に乗った雪を払い落とし、玄関をノックする。この家に住む老夫婦のうち、旦那さんの方が、今日からひと月程度の冬眠に入っている。奥さんはまだ眠っていないので、訪れた私たちを出迎えてくれた。ギルド職員だと名乗れば笑顔で深くお辞儀される。


「まあまあようこそ。今日からお願いしますね。……あら、若い娘さんね。まあまあ、気を付けてちょうだいね、こちらの男の方から離れちゃ駄目よ!」


 私も三日後には冬眠するから、色々ご案内しておきますんで、どうぞよろしくお願いしますよ、こちらへどうぞ。と、奥さんは中々に気忙しく私たちを室内へと案内する。いまだに室内に土足で入るのには気が引けるが、熊人はそれが普通のため、靴裏の雪だけささっと払い落として後に続く。


「こっちが薪置き場、暖炉はあっち、寝室はここよ。ここは寝室で、主人は先に寝ております。私も一緒の部屋で寝ますから。確認するときは、そうっと入ってそうっと様子を見てくださいね」

「はい」

「こっちは調理場、保存食はここで、水はここに。水は一応数日ごとに入れ替えてもらえるとありがたいわ。何かあった時助かるから。外の雪を中に入れてくれれば、部屋の温かさで溶けますから」

「はい、わかりました。他には何か?」


 言われたことをささっとメモしながら聞く。奥さんはあとはねと思い浮かんだことを色々話すので、必要そうなことを中心に要点を書き出した。こういう事務的なやりとりは私の役目なので、ついてきているジオルドさんは巨体の気配を消して静かにしている。


「……まあ、こんなところかしら」

「はい、そうですか。ご案内、ありがとうございました。では、三日おきに参りますので」

「ええ。――鍵を預けますので。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 案内されること約十五分。顔合わせも兼ねたやりとりは終わり、私の手にはこの家の鍵が渡された。赤い布切れが目印の、一軒目の鍵だ。

 ――必ず面通しをして、双方納得したら、鍵を預かる。全ての依頼者とこのやりとりは行われる。自宅の鍵を赤の他人に預けるのだ、当然だろう。多くはないが冬眠保全詐欺というのもあるし、預かった鍵を間違っても紛失したり盗まれたりしないよう、管理も十分注意しなくてはならない。この仕事の、信頼と責任は重い。

 二軒、三軒と回り、増える鍵。手製の巾着に詰めて鞄の中に抱えていれば、どこから取り出したのかジオルドさんが細いけれど頑丈なロープを取り出しそれを私にくれた。袋ごと首から下げればいいと。ありがたくちょうだいし身に付ける。


「用意がいいですね」

「鍵は増えるからな。肌身に付けておくのが一番安全だ」

「ジオルドさん、『見回り』の経験がおありで?」

「言っていなかったか?『見回り』の同行は三回目になるな。毎年ではないが」

「そうなんですか!……なら、心強いです」

 だから彼と組まされたのだと納得する。未経験者のサポートに経験者がつくのは考えてみれば当然だった。


「……今年の『見回り』はほとんどお前一人でやるそうだな。あまり気負いすぎないことだ」


 ふと、視線がよこされる。遠回しな激励の言葉とともに。


「はい。……頑張ります」


 ――冬眠保全に参加することに、私は、並々ならぬ意欲を持っている。首にかかる重さとともに、完璧にやりきってみせるとこの時心に誓った。


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