その間には、まだ柵があったので
僕は今日もにっこり笑っている。死に行く者を見つめながら。笑っているからといって、決して楽しい訳じゃない。その逆だ。吐き気がする。
罪なき者を、今日も裁く。
それでも僕が笑っているのは、彼らが最期に、「軽蔑した目」を見ないように。せめてもの、僕の情け。これが僕にできる、精一杯の「心」。
笑っているだけ。きっととてつもなく殴りたいだろう。なんでコイツは嗤っているんだ、と。それでもいい。僕の自己満足でいい。
そうじゃないと、僕は「ここ」で僕じゃなくなってしまう。
「はい、今日もお仕事ですよ」
僕の毎朝の日課は、仲間たちと、「ミンナ」を起こしに行くこと。そして起きない者を「連れて行く」こと。ミンナそれを分かっているから、僕が来た足音で飛び起きる。誰だって連れて行かれたくなんかないのだろう。たまに起きたくても起きられないものもいるけれど、その子を「連れて行く」のが僕の仕事だ。
「今日は起きていない子、いませんか?」
檻の外で僕が問う。ミンナ無言で俯いた。
あれ、今日もいるのか……。
僕は悲しくなったが、笑顔は決して崩さない。崩れない。
「誰か起きていないのですか?」
檻の外にいるので、あまり中の様子が見えないが、僕は「起きていない」子を見つけた。小さな少女だった。
仲間たちもその子を見つけると、鍵を開けて中に入って行った。もちろん、「彼女」を「連れて行く」ためだ。
檻から出すと、少女は目を覚ました。
「なんだ、起きてますね」
僕はくすっと笑って言う。
少女は眠い目をこすって、あくびをひとつすると、僕を見上げて、
笑った。
「……リーダー?」
「え? ああ、うん。その子は起きたから戻してあげていいですよ」
「はい」
仲間たちは再び鍵を開けて、少女を檻の中へと連れ戻した。
……笑った。
僕を、見て。
胸が、久々に優しく脈打った。
なんだろう、不思議だなあ……。
「リーダー、今日はご機嫌ですね」
「え? そう、ですか?」
「はい。なんだか笑顔がソフトクリームみたいです!」
「その例えわかんないから」
3人はあはは、と笑った。
この子たちは僕の「仲間」。仕事を一緒にする仲間。部下って言ったりもするけれど、僕は「仲間」って呼んでる。そっちのほうが、なんだか楽しい。
……「ここ」では、楽しくは、ない。
「笑っているところ申し訳ないけど」
僕はまた、いつもと同じことをする。
「今日も、やるよ」
3人は、笑うのをやめた。
きっとこの3人は、僕のせいでこうなった。他のチームの皆には「甘すぎる」って言われたりする。でも、そうやれと言ったのは、僕だった。3人は、ミンナに優しくなってくれた。
ここでの「優しさ」なんて、かえって「拷問」と同じようなものにしかなり得ない。でも、一瞬でいいから、ミンナには安らぐ時間があってもいいと僕は思う。
――この国の偉い人の偏見で、ミンナはここにいるだけなのだから。
3人は、裁くとき、僕と違って冷たい顔になる。それも「優しさ」だ。僕とは違う、「もう希望を見せない」優しさ。
僕らとミンナの違いは、ほとんどない。
知っている?
知っているよ。
「宗教」が違う……ただ、それだけ。
それだけで、この差だ。
どう、思う?
「どうして笑うの?」
「だって、変な顔をしているわ」
次の日、少女は起きていたが、僕の顔を見るなり笑い出した。
僕は3人に「変かな?」と質問したが、3人は驚いたような顔で、笑う少女を見るばかり。
「好き」
「ありがとう」
冗談でも嘘でもからかいでも、嬉しかった。「彼女」の「立場」で、「僕」に言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。
何故、だろう。
彼女と親しくなってしまった。
夜。
ほとんどミンナ寝静まったころ、僕達が逢うのはもはや日課になっていた。そして、話をした。今日の仕事とか、ご飯が不味いとか、小鳥の唄がへたくそだったとか。
2人だけの、秘密の時間。
きっと、少女もいつかは裁かれる。
でも、でも……。
僕は彼女に恋をした。
「ねえ、ここの収容所の構造を教えて? 緊急時とか、貴方はどこから脱出するの?」
ある日突然、彼女はこんなことを言った。無論、何故かは分からなかったが、ただの好奇心だろう、と思って事細かく聞くのを、全て教えた。
教えて、しまった。
事件は起きた。
「そうやって、『看守』は責任を取るのだよ」
僕の前には、三つ死体が転がっていた。ちょうど、三つ。
顔が見えなくても、誰かはすぐに分かった。分かってしまった。分かりたくなかった。
「お前は『チームリーダー』として、何の責任を負う?」
所長は言う。脱獄した302煉の囚人を一人残らず連れて来い。そして殺せと。
僕が、話した、ばっかりに。
3人は、ただの、「固まり」になった。
「その後でお前にも『責任』を取ってもらおうか」
どさっと音を立てて、囚人共が穴へ落ちていく。ああ、大人しくしていれば救いが来たかもしれないのに。銃を向けると、囚人たちは震え上がった。
罪ある者を、殺す、殺す。
それが僕にできる、3人への……。
その先に、自由があると思ったか?
否。
縛られていたほうが自由なのさ。
自由って、何?
お前たちからみたら、きっと僕達が憎くて、羨ましくて。
「僕は君たちが羨ましいよ」
端っこで怯える少女を軽蔑した目で見ながら、
「愛した僕が愚かだった」
引き金を引いた。