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奈々ちゃんとオレ

 オレは飼い犬だ。

 

 気が付いた時には、鎖につながれていた。


 日の当たらぬ庭の片隅で、飼い主の気まぐれで行く散歩を楽しみに、いくつもの季節を過ごしてきた。

 

 時折通る人間にシッポを振ってみせて、話かけてもらうことが、せめてもの楽しみだ。

 

 飼い主が朝晩エサを持ってくるが、どうもオレは大して必要とされていないらしく、ドッグフードの入った皿を置いたら、さっさと戻っていく。若いころは、飼い主がきて撫でてくれたら、嬉しくて大喜びをしたものだ。


 喜びすぎて吠えたものだから、だんだんと飼い主もこなくなった。

 

 小さい犬は可愛いが、大きくなった犬は番犬の仕事をするだけの道具なのか?

 

 いっそ、この鎖を外してくれ。

 

 そうすれば、オレは自由だ。好きなところへ行って、好きなように生きるのに。

 

 まったく、犬であるがために、なんてつまらないんだろうな。




 おや?


 あの子は誰だろうな?


 あまり見かけない子だ。いや、違うな……ここのところ、見かけるようになったのかもしれない。見た目だけじゃ、覚えてられないさ。人間なんて、どれもこれも似たようなものだからね。


 それにしても、あの子は小学生ぐらいだろう。


 学校はどうしたんだろうな。行かなくていいのか?


 小学生ってのは、毎日集まってでかいカバンにつぶされそうになりながら歩いているが、あれも大変そうだな。


 ってことは、人間も結構大変なのかもしれない。


 小さな子供限定かな。


 お、なんだ?


 どうしてここに自転車を止めたんだ?


 まぁ、めったに人と話なんてできないから、この際子供でもかまわないけどな。


 どれ、シッポでも振ってみるか。




 なんだ、この子は……。


 オレがこれだけフレンドリーにシッポを振っているのに、まったく笑わないじゃないか。子供なら、シッポを振れば『かわいい~』とか言って撫でに来るのに。


 お、こっちに来る。やっぱり、撫でてくれるんだな。




「ワンちゃん……」




 オレの名前はシャンプーだよ。


 名前のわりに、一度もシャンプーしてもらったことはないけどな。




「ここ、涼しいね」




 あぁ、夏はいいよ。


 暑いときは、この日陰のおかげで涼しくていられる。それでも、暑いけどね。




「暑いね。ここは涼しいけど、誰も来ないね。寂しくない?」




 もう慣れたよ。


 お前の方が寂しそうに見えるぞ。




「奈々ちゃんねぇ。つまんないの」




 学校へ行けば楽しいだろ?


 小学生は楽しそうに学校へ行ってるぞ。




「ワンちゃん、撫でていい?」




 撫でていいけど、引っ張るなよ。


 子供は撫でるふりして引っ張るから、それが心配なんだよ。


 おお、いいね~。


 奈々ちゃんって言ったっけ。この子は優しい撫で方をするな。気持ちがいいぞ~。




「ワンちゃん、シッポ振って。気持ちいいの?」




 気持ちいいよ~。




「お腹空いたね。でも、食べるものがないから、我慢するしかないけど」




 ドックフード、食べるか?


 暑くて、オレも食欲がないからさ。食べてもいいぞ。




「ここにいていい? なんで、このおうちは垣根もフェンスもないんだろうね」




 金がないからだろ。


 垣根なんかあったら、誰もオレに気が付かなくなるから、そんなものはいらないけどな。




「ここに座ってても、誰にも怒られないよね。ワンちゃん。ここにいていい?」




 いいよ~。


 いつまでいてもいいさ。


 オレも暇だしな。ついでに、この鎖を外してくれよ。




「ワンちゃん、明日もきていい?」




 いいよ。


 でも、学校は行かなくていいの?


 なんか、哀しそうだな……。



 

 あれからずっと、黙ってるな。


 こんな小さな子が黙ってるって、変だろ。


 近所の子供たちはずっとしゃべってるぞ。じっとなんてしてなくて、動きっぱなしだぞ。


 なんでこの子は動かないんだ?


 ぼんやりとしてるなんて、おかしいよ。


 ほら、だんだん暗くなってきたよ。


 もう、おうちにお帰りよ。悪い人が来る前に、帰りなさい。




「あ、こんな時間だ」




 なに? 


 あ、ケイタイってやつか。


 こんな小さな子がケイタイ持ってるんだ。


 人間はそんなものを使わないと時間が分からないんだから、不便だね。




「また来るね。ワンちゃん、バイバイ」




 結局、奈々ちゃんはお昼も食べずに、ずっとここにいたけど……。


 一体、なんであんなに寂しそうだったんだろうな。


 オレが奈々ちゃんの言葉を話せたらなぁ。


 オレだって、だてに長いこと生きてるわけじゃないんだ。奈々ちゃんの話し相手にくらいはなれる。話し相手になれたら、奈々ちゃんの悩み相談にも乗ってあげられるのに。


 大体、あんな小さな子が黙ってるっておかしいよ。


 可哀想だよ。


 つながれてもいないのに、何であんなに哀しそうなんだよ。





 あぁ、人間の言葉を話せたら。


 せめて、奈々ちゃんとだけでも、言葉を交わすことができたらなぁ。




 あ、お母さんだ。


 お母さん、散歩? 行く?


 え? フードなら入ってるけどさ、入ってるから入れないって、そりゃないよ。新しいのにしてよ、ねぇ。それ、昨日も入れ替えてくれてないよ。


 オレだって、お腹壊すからさ。


 あ~ぁ、行っちゃったよ。


 しょうがないな、明日の朝までには、どこかに埋めるか。


 長いこと生きてると、いろんな知恵がつくよな。


 夜中に穴でも掘るか。




 それよりも、やっぱり人間の言葉が話せたらいいな~。


 奈々ちゃんと話がしたいな。


 せめて、奈々ちゃんと話したい。


 お母さんと話しても、つまらなそうだし、聞こえてくるのはお父さんの愚痴ばかりだから、意味ないけどさ。


 奈々ちゃんと話せたら、楽しそうだよな~。




 神様っているのかな。


 祈ってみようかな。


 お願いします。


 みたいな……。


 暗いな~。やだな~。まだ冬じゃないからいいけどね。


 冬は寒くてなぁ。毛布一枚を敷いてくれても、この歳には寒さは堪えるんだよなぁ。


 これから暑くなるからいいけど……。





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