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その生田は、会社が倒産したとき、実は心臓病で入院をしていた。
医者からは手術を勧められていたようだが、本人は頑として聞き入れなかった。
「職人は畳みの上で死ぬもんじゃない」というのが口癖だった生田は、発作を止める薬を貰ったら、直ぐにでも現場に復帰するタイプだった。
ただ、タイミングが悪かった。
作業中に心臓病の発作が起きて、救急車で病院に運ばれて、即入院となった。
それが、倒産する前の週の木曜日なのだ。
「週明けの月曜日には、午後からでも出社するからな。」
土曜日に見舞いに行った江島に、生田はそう言って笑っていた。
だが、その月曜日に会社は倒産した。
生田は、どうやら病院でその情報を知ったらしい。
それが直接の原因かどうかは分らないが、また発作が起きて、そのまま長期入院する事となってしまった。
江島も、それからは「余分な心配をかけないほうが・・・」との想いから、病院に見舞いには行ったものの、殆ど仕事のことは話さなかった。
ただ、それでも、生田は「会社の連中を頼む」とだけは繰り返していた。
江島の仕事に対する姿勢は、その生田作業長を見習ったものである。
それだけに、江島にとっては、会社の倒産もショックだったが、それにも増して生田が現場復帰も出来ずに、そのまま入院生活に入ってしまったことの方が大きなショックだった。
若い連中の再就職に目処が付いたとき、本当は生田にそのことを報告しておきたかった。
だが、江島本人とその右腕とされていた木原の将来が決まっていなかったこともあって、迷った挙句、とうとうそうした詳細の報告は出来ず仕舞いとなった。
そして、今回の訃報である。
江島は、あの会社倒産が、自分ばかりではなく、生田や木原といった職人の人生を真っ向から否定したもののように思われた。
あの倒産直前の金曜日。「何だ、それだけか・・・」と言った小出社長の顔を一度たりとも忘れたことはなかった。
カウンターの中を片付け終わって、江島は時計を見た。
午後の11時を少し回ったところである。
店は、一応12時までが営業時間である。後50分ほどあるものの、この雨じゃあ、もう客は来ないだろう、と思った。
帰る支度をする。
と言っても、黒で固めた服装から上着を脱いでジャンパーを羽織るだけである。
その時、表の扉が開いて、1組のカップルが入ってきた。
「ねぇ、マスター、もうお店看板ですか?」と訊く。
(つづく)




