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(7)

あれから、12年。

もう、12年も経ったのだ。


江島は、雨で客足が止まったことを確認してから、店の表に出していた看板を片付けた。

今は、駅に程近い雑居ビルの地下1階で、カウンターバーをやっていた。

決して儲かりはしないが、贅沢さえしなければ何とか食べていくだけの儲けは手元に残せていた。


斉藤のように、同業他社に再就職した連中は、月に何度か顔を見せに来る。

あまり景気の好いことは言わないが、それでも、そこそこの生活は維持できているようだ。

江島にとっては、何よりも嬉しい。


彼らも、新しい職場で、いろいろなことを体験し、それなりに成長もしている。

だが、やはり自分達の原点が、あの潰れた、いや潰されたちっぽけな会社での地道な下積みにあったのだという意識を持ち続けていてくれることを、涙が出るほど嬉しいし、ありがたいことだと思っている。


ただひとつ、店にまで来て、いまだに「班長」と呼ばれることには照れもあるのだが。



あれから、江島はしばらくは何も出来なかった。

「お父さん、ゆっくりしたら?今まで走りすぎたぐらいなのだから・・・」

と妻の咲江は言ってくれるが、

「家にいても暇だしね」という理由をつけて近くのスーパーのレジでのパートに出て行く妻の後姿を見るのが、非常に辛かった。


「家計のほうは大丈夫なのか?」

失業保険が打ち切りとなった時、江島は咲江にそう訊いた。

「お父さんがそんなこと訊くとは思ってなかったわ。結婚して以来、一度もそんなこと気にもしなかったでしょう?ちゃんとやれてるから、心配しないで。」

咲江は、笑ってそう答えるだけだった。

しかも、管財人から送られてきた150万円ほどには、一切手をつけていない。


江島は、自分の家の家計がどうなっているのか、こうなるまではまったく関心がなかった。

給料は振込だった。

給料日もその明細書を受け取るだけである。

そして、後は、咲江から渡される小遣いという名の現金を受け取って、それを煙草や部下との飲食に当てていた。

自分の給料のベースで見て、小遣いが多いのか少ないのか、そうしたことさえ考えもしなかった。

財布の中身が薄くなれば、「あれっ?」と一瞬は思うのだが、いつの間にかそれなりの額に増えていた。

そして、給料日が近づくと、若い連中を自宅に呼んで、鍋やら、焼肉やらを振舞うのが常だった。

それは、作業長となっていた生田の生き方を真似したものだった。


江島が地元の工業高校を卒業して就職したとき、生田が旋盤工の班長だった。

仕事は厳しかった。それなりの技術は学校で習ってきてはいたが、そんなものがそのまま通用するようなヤワな世界ではなかった。

生田は、昼間の作業を終えてから、夜遅くまで江島に技術を教えてくれた。

厳しいものの言い方だったが「何とか一人前にしてやろう」という気迫が伝わってきて、江島もそれに答えるのに必死だった。


その生田が、10日ほど前に病死したということを耳にしていた。


(つづく)



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