(64)【最終話】
「あんなにご迷惑をお掛けしたのに・・・・・どうして、そこまで?私なんかより、江島さんこそが新社長に相応しい方だと思います。私なんかにそんな力量はありません。」
小出孝雄は、頭を振るようにして、そう言った。
「小出さん、私にはね、作業長が言われた言葉で忘れられない一言があるんです。
昔ね、私が初めて班長になったときに、作業長がこう言ってくれたんです。
“その力量があるから班長になったんじゃない、その力量を持てる様になるために班長になったんだ”ってね。
ですからね、小出さん、“社長に相応しい人間になるために社長になるんだ”という気持でやってくださいよ。
それが、小出さんができる唯一の生田作業長への恩返しだと思います。
確かに、あの会社倒産で、私たちも失うものは大きかったです。
でも、小出さん自身も、失ったものが沢山あったのだろうと思うんです。
それを、作業長は、何とか取り戻せるチャンスを私たちそれぞれに残してくれたんだと思うんです。
それを生かさないでこのまま見過ごしたら、天国で、作業長が泣きますよ。
ねっ!」
江島は、その最後の「ねっ!」に力を込めた。
小出孝雄の目から、もうどうしても止めようのない大粒の涙がカウンターの上に落ちた。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・と。
江島は、棚からもうひとつストレートグラスを取り出してきて、それに小出に出したのと同じバーボンウイスキーをシングル分だけ注いだ。
「お好きだったでしょう?バーボン。
私も今日はご一緒させていただきます。」
江島はそう言って、グラスを持った手を小出の前にそっと差し出した。
「これからの人生に乾杯しましょう。」
ふたつのグラスが合わさせた音が、静まり返った店内に響き渡った。
その夜から半月ほどたったある日。
駅前にあるタワーホテルの一室で、「定森金属企画株式会社」の発足式が開かれた。
そこには、小出社長、木原取締役作業長の経営陣と、株主である海堂興産社長海堂卓也、ショットバー「スイッチ・バック」店主江島浩介の満足げな笑顔が並んでいた。
もちろん、来賓には、あの御陵重工の片野社長、そして新製品の製作実務を請負うこととなった三都金属の三橋社長の姿があったのは、言うまでもない。
【完】




