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「でも、あの御陵重工さんの開発を最終的に完成されたのは江島さんですし、江島さんがおられなかったら、会社の再建なんて話、生田さんもお考えにならなかったのではないかと・・・・・・。」
小出は、そうした話も聞いているようだ。
「確かに、作業長から、最後の仕上げは頼まれました。というより、殆ど完成されていたのを、わざと私に仕上げの部分だけを残しておいて貰ったんだと思います。
それが、作業長の優しさなんです。
一番辛い部分は自らおひとりの力でやっておきながら、将来に役立つと確信ができた時点で、その最後のポイントとなる部分だけを私たちにやらせられたんだと。
“ほら、こうしてやるんだよ”ってね。
それは、まさに私が入社したときに作業長が教えてくれた仕事の基本の教え方とまったく同じだと気がついたんです。
ものの言い方や態度は確かにキツイ面がありました。
でも、それが作業長なりの愛情の表現なんですね。
不器用なのかもしれません。だから、若いときには、いろいろと辛酸を舐められた。
でも、先代の社長に出会うことによって、作業長自身も大きく変わられたんだと思うんです。
きっとね、私や小出さんにそうしてキツク当たったのも、加工技術や経営哲学などというちっぽけなものじゃなくて、人間の本質を受け継いでほしいっていう願いからだったんじゃないのか、なんて思うんです。
先代社長から受け継いだ人間としての温かさ、熱い思いが人間を動かすんだ、という哲学、そうしたものを自分の命があるうちに、きちんと継承しておきたい。そうでなければ、自分を立ち直らせてくれた先代社長へ顔向けが出来ない。そうした想いだったんだろうと思うんです。」
小出は、黙って江島の話を聞いている。
恐らくは、頭の中では、生田作業長とやり取りする場面が走馬灯のように繰り返されているのだろうと思える。
「そうですね。・・・・気がつくのが、あまりにも遅かったんですが、今から思えば、江島さんがおっしゃった通りなのですね。本当に、私は馬鹿でした。」
小出が溜息をつく。そしてその両肩が一段と沈んだような気がした。
「人間は失敗するものです。それが当たり前なんです。
問題は、その失敗にいつどのようにして気付くかなのだろうと思いますよ。
小出さんは、遅かったとおっしゃいますが、それでもまだ人生これからです。
ご自分の失敗に気が付かれたのなら、今からそれを取り戻されたら良いのです。
きっと、今だったら気付いていただけているという確信が作業長にはあったんだと思うんです。だからこそのご指名なんです。」
江島は、作業長の気持をそのように説明した。
「でも、私には、今更社長の重責を担える力はありません。再建される会社をお任せできる方は、江島さん以外にはおられないと思うんです。
私からも、改めてお願いしますから、江島さんがおやりになってください。」
小出は、再び席から立って、カウンターの上に両手をついて頭を下げた。
江島は、首を横に何度も振って、小出が顔を上げるのを待っていた。
(つづく)




