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(59)

江島は、まずはバーボンウイスキーのダブルが注がれたストレートグラスを客の前に置いた。

そして、カウンターの上を滑らせるようにして、男の右手に近づける。

「どうぞ。」

そう言ってから、今度はチェイサーをコースターの上にそっと乗せる。


それから、冷蔵庫から透明な容器をひとつ取り出して、それを開ける。

中には、妻の咲江が作ってくれた“鳥のから揚げ”が幾つか入っていた。

江島の夜食用である。

それを2つ取り出して、小鉢に入れる。

それに爪楊枝を1本添える。


「初めてのお客様へのサービスです。」

江島は、そう言って、その小鉢を男の前に置いた。


「ごゆるりと。」

江島は、そう言って男に軽く会釈をしてから、眞子姉さんの前に移動する。

この間、男は一言も話すことなく、ただ黙って目の前に置かれたグラスをじっと眺めている。



「大丈夫なの?」

眞子姉さんが心配そうに小さな声でそう言った。

今来た客が、胡散臭いと感じたのだろう。

目がそう言っている。


「眞子さん、先ほどのお答えなんですが・・・・。」

江島は明るい声で言った。

「お店では酔われないのに、ここに来ると、って言うお話。」

「ああ、はいはい。」

眞子姉さんもさすがに水商売をしているだけのことはある。

江島が話してくる意味を感じてくれたようである。

「それで?」

「それはね、うちが出すお酒には、実は“惚れ薬”が入っているんですよ。ほんの一滴だけなんですけれどね。それでだと思いますよ。」

「それって、マスターに惚れるように?」

「いえいえ、ご自身に惚れるように、ですよ。」

「えっ?自分に惚れるの?」

「はい、人間、いつも、どこかで他人と比較しちゃうでしょう。それで、ああだったらいいのに、とか、こうだったらもっと素敵なのに、などと思ってしまうんですよね。

でもね、誰にでも、自分らしい、自分しか持っていない魅力って必ずあるものだと思うんですよ。

ただ、それに気がついてないだけ。

それに気付いてもらうためには、まずは自分を好きにならなくちゃね。

だから、うちの店では、“自分に惚れる薬”を一滴だけお入れしてるんです。」


「ふ〜ん、そうなんだ。」

「はい、ですから、うちでは絶対にショット売りだけなんです。ボトルをキープされると、その惚れ薬、自分に惚れすぎている人にまで飲ませることになっちゃいますからね。」

「あははは・・・・・。だからなのかな?ちょっと凹むようなことがあると、ついこの店に足が向いちゃうのは。」

「はい、それがうちの狙い目で。“惚れ薬”中毒さんが増えると、売上倍増?」

江島と眞子姉さんは、顔を見合わせて微笑んだ。。



(つづく)



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