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(56)

海堂君が来るまで待とうと言う江島を明子が押さえた。

「先に始めましょう。木原さんもおられるんだし。」


「はい、お父さん、まずはビールを。」

明子が壜ビールとグラスを持ってきた。

「・・・・・いや、今日はやめておくよ。」

江島は、差し出されたグラスを受け取ろうとはしなかった。

「じゃあ、木原さん。」

今度は木原に勧める。

「いえ、私は昨日から禁酒しましたから。」

これまた、グラスに手をつけない。


そんな2人を見て、咲江が明子に言った。

「じゃあ、早速ご飯にしましょ。お腹一杯に食べてもらわなくっちゃ。」

明子が、ビールとグラスを台所へと引き上げる。


テーブルの上には、誰が食べるの?と言いたくなるぐらいに料理が並べられた。

どれもこれも、咲江の得意料理ばかりである。


「なあ、明子。海堂君は、もうこっちに向っているのか?」

江島は彼のことが気になって仕方がない。

「うふふふ・・・・・。お父さんったら、まるで恋人でも待つような言い方ね。大丈夫よ、もうこっちに向っているから。・・・・・ほら、そう言ってる間に・・・・・。」

明子がその言葉を終えないうちに、玄関の扉が開く音がした。

「遅うなりまして。」

海堂の声である。


江島が跳び上がるようにして、自ら玄関に出迎えに行く。

咲江も明子も、そして木原までもがただ唖然とする速さである。


何やら2人は玄関で話をしている。

海堂はまだ靴すら脱いでいない。

「おい、先に食べててくれ。ちょっと海堂君と話をするから。」

江島は海堂を引き連れて、玄関脇の階段からそのまま2階へ上がっていく。


「ええっ、ご飯は?」

驚きの声を上げる明子。

「明子。珈琲を入れて、持って行ってあげて。」

咲江は、そうなるであろう事を予想していたように、平然と娘に言う。



結局、江島と海堂は、1時間以上も2階に居た。

そして、午後の8時を過ぎた頃になって、ようやく応接間にやってきた。

2人ともがにこやかな顔をしている。

「あ〜あ、腹が減った。」

と江島が言い、それを受けて海堂が、

「それじゃあ、戦はできまへん。しっかりと食べてもらわんと。」

と答える。


その席には、既に木原の姿も、そしてなぜかしら咲江の姿も既に無かった。


(つづく)



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