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海堂君が来るまで待とうと言う江島を明子が押さえた。
「先に始めましょう。木原さんもおられるんだし。」
「はい、お父さん、まずはビールを。」
明子が壜ビールとグラスを持ってきた。
「・・・・・いや、今日はやめておくよ。」
江島は、差し出されたグラスを受け取ろうとはしなかった。
「じゃあ、木原さん。」
今度は木原に勧める。
「いえ、私は昨日から禁酒しましたから。」
これまた、グラスに手をつけない。
そんな2人を見て、咲江が明子に言った。
「じゃあ、早速ご飯にしましょ。お腹一杯に食べてもらわなくっちゃ。」
明子が、ビールとグラスを台所へと引き上げる。
テーブルの上には、誰が食べるの?と言いたくなるぐらいに料理が並べられた。
どれもこれも、咲江の得意料理ばかりである。
「なあ、明子。海堂君は、もうこっちに向っているのか?」
江島は彼のことが気になって仕方がない。
「うふふふ・・・・・。お父さんったら、まるで恋人でも待つような言い方ね。大丈夫よ、もうこっちに向っているから。・・・・・ほら、そう言ってる間に・・・・・。」
明子がその言葉を終えないうちに、玄関の扉が開く音がした。
「遅うなりまして。」
海堂の声である。
江島が跳び上がるようにして、自ら玄関に出迎えに行く。
咲江も明子も、そして木原までもがただ唖然とする速さである。
何やら2人は玄関で話をしている。
海堂はまだ靴すら脱いでいない。
「おい、先に食べててくれ。ちょっと海堂君と話をするから。」
江島は海堂を引き連れて、玄関脇の階段からそのまま2階へ上がっていく。
「ええっ、ご飯は?」
驚きの声を上げる明子。
「明子。珈琲を入れて、持って行ってあげて。」
咲江は、そうなるであろう事を予想していたように、平然と娘に言う。
結局、江島と海堂は、1時間以上も2階に居た。
そして、午後の8時を過ぎた頃になって、ようやく応接間にやってきた。
2人ともがにこやかな顔をしている。
「あ〜あ、腹が減った。」
と江島が言い、それを受けて海堂が、
「それじゃあ、戦はできまへん。しっかりと食べてもらわんと。」
と答える。
その席には、既に木原の姿も、そしてなぜかしら咲江の姿も既に無かった。
(つづく)




