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店をやり始めてからというもの、この午後に入った時間に起き出すことが多かった江島は、こんな時間に自宅の居間で湯飲茶碗を手にすることを忘れていたような気がする。


「そうだ!木原。いい話がある。300が見つかったぞ。」

「えっ!本当ですか?・・・・それで、一体どこに?」

「作業長が残しておいてくれたんだ。今は、御陵重工が保管してくれているらしい。どこだとは教えてくれなかったが、こちらが場所を言えば、一両日中に搬入してくれると言うんだ。」

「よく、残っていましたね。あの倒産のとき、全部処分されて跡形もなくなっていると思っていたんですが。」

「作業長は、この仕事を仕上げるのに、どうしても必要だと考えたらしい。あのドサクサの最中にでも、御陵重工に依頼して、それを買い取らせたようだ。おまけに、その他の機器もあるそうだ。

具体的な機器名は教えてもらってはいないが、作業長が選んだものだというから、当時使っていた主要な工作機器はあると見てよさそうだ。」

「さすがに“ものづくりの原点は現場にある”とおっしゃっていた作業長ですねぇ。そこまで考えておられたんですね。こりゃあ楽しみがまたひとつ増えました。やはり、使い慣れたものが一番ですからね。一刻も早く、現物にお目にかかりたいものです。」

木原は両手を揉むように合わせている。

江島も木原の腕には絶大な信頼を置いているが、それはやはり、使い慣れた工作機器があってのことだ。

そうしたものがなければ、いくら江島や木原でも、職人の持てる技をそのまま製品に伝えることは困難である。

300型旋盤機をはじめとしたその使い慣れたであろう工作機器がほぼあの当時と同じように配置できることは、江島にとっても、もちろん木原にとっても、何よりのことなのである。


「ところで、あのコピーに書かれていた2種類の加工方法ですが、班長はどちらがベストだとお考えですか?」

木原は、自分のノートを取り出してきた。

そのノートには、フリーハンドで書かれた部分的な加工図や工程図のようなものがいくつも書かれている。そこに、小さな字で、加工処理をする際の機械の回転数であるとか、金属の温度変化の予想推移など、まさに現場でしか必要としない、あるいは現場でしか分らないような細かい注釈がびっしりと書き込まれている。それらを書くことによって、頭の中で、加工処理のイメージをひとつひとつ作り上げて行くのである。

木原のそうしたやり方は、江島がやっているのを見習ったものであり、その江島は作業長のやり方を盗んできたものなのだ。


「う〜ん、微妙だな。だけどな、作業長には、既に心に決めたものがあった筈なんだ。最終的にはそのふたつのパターンが残されたんだが、そのどちらかが作業長の本命視したもので、もうひとつは、その本命視した方法が万一にでも使えないと判断されたときの次善の方法なのではないか、と俺は思っている。」

江島が持論を言った。

「じゃあ、どちらが本命なんですかね。」

木原は、江島班長の判断が聞きたいようである。


「それをこの身体で感じるのが、俺達に与えられた仕事じゃないのかな。作業長がくれた最後の卒業試験みたいなものだと思うんだ。」

江島は、木原に言うとともに、自らにもそれを言い聞かせていた。


(つづく)




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