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江島は、作業長の仕事に対する情熱、いやそればかりではない。その先にある事業というものへの緻密なほどの計画性に、改めて感嘆する。
病床についていながらも、自分が果たすべき役割をしっかりと認識し、そして、それを実行し、自分の命を削ってまで会社の将来へ思いをかけたのだ。
頭が下がる思いがする。
「そういうことですから、場所をご指定いただければ、2〜3日のうちに、搬入できます。多少の微調整は必要だと思いますが、基本的には即日稼働が可能な状態にしてあります。」
「有難うございます。」
「いやいや、私どもは生田さんからお預りしているだけですから。」
片野はそう言って笑った。
その後、片野は契約書と例の守秘義務誓約書を取り出してきて、
「内容をご確認いただけませんか?各条項は、生田さんと締結させていただいたものとまったく同じものです。守秘義務誓約書もです。」
と言う。
江島は、そうした書類は苦手である。読んでもよく理解できない条文が並んでいる。
「もちろん、今日、ここで署名を頂こうとは思っておりません。これもお持ち帰りいただいて、十分ご検討いただければ結構です。」
片野は、困惑している江島の顔を見て、そう言ってくれた。
「それでですね、契約金額についてなのですが・・・・・・。」
片野が江島に手渡したものとは別に用意していた控えのようなものを取り出して言う。
「2ページ目にありますように、今回のご依頼、つまり最終的な確定図面をお作り頂くことで、5000万円を考えております。
本来ならば、定森金属さんとの当初契約のベースで考えれば、残り1/3で7000万円ということになりますが、会社倒産の影響による諸経費、つまり先ほど申し上げました各種加工機器の買取等の費用を減算させていただきたいと思っております。
何卒、これでご了承をいただけないかと・・・・・・。」
江島は、驚いて、改めてそのページを開けてみる。
確かに「五千万円」の文字がはっきりと書かれている。
「いかがでしょう?」
片野が下から覗き込むような視線を送ってくる。
江島は、このことにも困惑した。
確かに、契約のことで来たのだと言われればそうなのかもしれないが、江島には金額などはまったく頭に無かったのだ。
ただただ、「作業長の遺志を継いで、この仕事をやり遂げる」という気持だけでやってきていたのだ。
ましてや、5000万円が高いのか安いのかなどは論外である。
個人的な感覚で言えば、見たこともない大金である。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
江島は、返答に困った。
「それを出資金として新しい会社を設立なさっては・・・・、と考えております。
必要とあらば、御陵重工としての出資を検討しても構いません。」
片野の口から、意外な言葉が出てきた。
(つづく)




