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それから4ヶ月が過ぎた。
小学校へ通う近所の子供たちは、もうすぐ夏休みだとはしゃぐ季節になっていた。
会社の倒産が分ってから、江島は部下の転職のためにあちこちに頭を下げて歩いた。
律儀な性格である江島の誠意が通じたのか、比較的若い従業員は何とか同業他社が引き取ってくれたが、江島のように40歳代半ばの人間は、どこにも行く当てはなかった。
工業高校を卒業してから、旋盤工としての腕を上げることだけに邁進して、会社内でも右に出るものはいなかったほどの熟練工である。作業長にも、お前の仕事は信頼できる、とまで言われていた誇りがあった。
だが、電子化が進んだ現在では、そうした熟練工ではなく、コンピュータを内蔵した自動旋盤器をうまくコントロールできる技術が求められたのである。
たまたま所属していた会社が、あまりにも時代遅れなやり方となっていただけのことなのだ。
この4ヶ月で、江島はそうした自分の置かれている環境を痛いほど感じた。
プライドでは食べていけない。それは、頭では分っている。
だが、それでも、やはり「仕事を選んでしまう」。
今は失業保険で何とか食べてはいるが、これが切れた後のことを考えると、焦りと苛立ちとが混じった隘路に追いやられているような気になってくる。
そうした思いが、やはり態度や行動に表れてくる。
初めの頃は、「仕事を見つけてくるからな、心配するな」と言って、毎日のように職安(職業安定所)へ通ったが、もはや「仕事を選ぶのではなく」「仕事に選ばれるしかない」と思うようになっていた。
次第に、職安への足も遠ざかるようになっていた。
それまでは楽しむために飲んでいた酒も、現状から逃げるために飲むようになっていた。
当然のようだが、旨くはない。それでいて、やめられないのだ。
そうしたある日、管財人の整理が終わって、未払いの給与と退職金として、150万円程度が江島に支払われるという通知が来た。
管財人の説明によると、全ての会社財産を処分して精算したもので、もうこれ以上は1円も出ない、ということである。
僅かなものだな、と江島は思った。
これが、高校を卒業して27年も一途に働いてきた結果なのだと思うと、どうしようもなく情けなくなる。
妻の咲江にそれを見せた。
「お疲れ様でした。お父さんには不満なのでしょうが、これは“天からお父さんが頂いたプレゼント”。お好きなように使ってください。」
まったく予想しなかった言葉に、江島は涙が出た。
それでも、右腕と頼んでいた2年後輩の木原以外は、何とか再就職の目処が付いていたから、兎も角も、これで区切りなのだと思った。
その通知を受け取った翌日、江島はその木原に電話をした。
「ちょっと、出てこないか?」と誘ってみた。
木原は、少し迷っていたようだが、1時間程度なら、と会うことになった。
旋盤の連中とよく呑みに行った居酒屋で落ち合うことにする。
(つづく)




