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江島は、答えを保留した。
海堂は、それを自分のせいだと悲観したようだった。
「なあ、海堂君。私もそうだし、君もそうだ。
12年も待ったんだ。
それを、ここで、さらに数日待ったからといって、大きな差はないだろう。」
江島は、そう言って、もう少し考えたい旨を伝えた。
「分りました。おやっさんのご納得がいくまで・・・・・。」
海堂はそう言った後、
「ところで、小出社長の件なんですが・・・・・・」
と言葉を濁した。
「ん?・・・・小出社長、どうしているのか、分ったの?」
江島は、今、もっとも気になる事柄だけに、海堂の口元を見る。
「先ほど、おやっさんから、小出社長の話を持ち出されたとき、こりゃあ、てっきりオヤジの思いをご存知なんだと、驚いとったんですわ。」
「・・・・・・なるほど、まだ作業長の手紙を見てなかったからなあ。」
江島自身もそれが不思議だったのだ。
確かに、今朝から、頭のどこかに「小出社長」というキーワードがちらついていた。
それが、作業長の奥様のところへ伺って話を聞き、それから三都金属の三橋社長の所へ行って作業長の昔を初めて聞いたことで、急激に大きなものとなっていったのだった。
どうしてなのかは、自分自身でもよくは分からない。
何度も同じような感覚に襲われるのだが、誰かがそこに呼んでいるような気がしてならなかった。
「実は、今年の1月。生田のオヤジに呼ばれて、小出社長のことを言われたんですわ。
小さなメモに、住所と電話番号が書かれてあって。
“助けてやってくれ”“会社を元通りに出来たら、迎えてやってくれ”と。
それを江島のおやっさんにも頼んでくれって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
江島は、先ほど繰り返して読んだ作業長からの手紙を思い浮かべていた。
「それで、わいはその足で実際に行って見たんです。家に。
そうしたら、そこは古臭いアパートで。風呂はないし、便所も共同。
部屋は4畳半1間に1畳分の台所だそうです。
本人は不在でしたけど、近所で聞いたら、どうやらコンビニのアルバイトで暮らしてるようですわ。
もちろん、ひとり住まいですわ。離婚したみたいですな。
後日、メモにあった電話番号に電話したんですけど、止まってました。料金払ってないんですわ。」
「で、その後、本人とは会ったの?」
江島は、今の話だけでは、現状が理解できない。
「いえ、会っちゃあいません。働いていると聞いたコンビニを覗いてみただけですわ。」
「どうだった?」
「何とも言えまへんわ。まるで幽霊が店番してるかのようで。」
「・・・・・幽霊ねぇ・・・」
江島には、どうしても今の小出社長の姿を想像することは出来なかった。
「消費期限を過ぎた弁当を貰って食べてるそうですわ。そいつで、食いつないでいるんでっしゃろな。」
海堂の言い方が、何とも言えない響きに聞こえる江島だった。
(つづく)




