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海堂が、もう一度、畳に額をつけるまでに、深々と頭を下げた。

そして、しばらくは顔を上げない。


その手を重ねていた明子が、自分のハンカチをそっと海堂に持たせている。

海堂の背中が、小刻みに震えていた。


「海堂さん、いや、尊敬と親しみを込めて、これからは海堂君と呼ばせてもらいます。明子のこと、よろしく頼みます。」

江島も、正座をして海堂に深々とお辞儀をした。



そして、しばらくして顔を上げてから、言葉を続ける。

「海堂さん、いや、海堂君。・・・・その明子のこともそうだが、今まで、誤解、いや偏見だと言われても仕方が無いような対応をしてきたこと。許して欲しい。

どうも、頭が固くって、・・・・・。

会社が倒産した後のこと、明子から聞きました。

そこまで心配してもらっていながら、私はそれを何とも思わなかった。

気がつかなかった。

ここまでやれてきたのは、自分の力だと信じていた。いや信じたかったんだと思う。

この年齢になって言うことではないが、あまりにも世間を知らなさすぎた。


君のお父さんに仕込まれたこの腕を何とか生かしていたかった。

だから、正直言って、会社が倒産したと知ったときは、人生がひっくり返るんじゃないか、と思うぐらいショックだった。

なぜなんだ?、どうしてなんだ?、そればかりを考えていた。

そりゃあ、私が幾ら考えても精のない話だということはわかっていた。

でも、現場の技術だけで生きてきた人間なんて、それ以外のことなんて考えられなかったんだ。


頼りにしていた作業長は入院されていたし、社長は行方知れず。

とにかく、若い奴らの将来だけは・・・と、それはあちこちに頭を下げた。

私が頭を下げて何とかなるのであれば、百回でも千回でも下げるつもりでいた。


それでかどうかは分らないが、まあ、それなりに食えるようには出来た。

ただ、ここにいる木原と私だけは、どうしようもなかった。

本当に悩んだ。逃げたしたいと思ったことも正直言ってあった。


それが、どういうわけか、この木原は奥さんの実家で世話になることになって、私はあのショットバーをやれることになった。

それは、偶然でも、運がよかったのでもなく、作業長や君が陰で動いてくれたからだったと今聞かされて、もう言葉は出ない。

ありがたい。それしか言いようがない。


私は、今だから言うが、あの時、これで“職人”を捨てる覚悟をしていたんだ。

二度と、旋盤機に触ることもなければ、図面を見ることやあの油臭い現場に立つこともないだろうと思ったんだ。

あのときの喪失感は今でも忘れてはいない。

人生観が変わった。そう言っても言い過ぎじゃないと思う。

それほど、大きかった。


だから、という訳ではない。

そういう訳ではないんだが、今回の仕事、作業長が私らのために残してくれたこの仕事にも、どこか自信が持てないんだ。迷うんだ。

あの時どこかへ捨てた“職人魂”がもう戻っては来ないような気もするんだ。


ましてや、作業長の手紙によると、会社を再建しろと言われている。

私には、そんな力は無い。

また、違う意味で、逃げ出したくなっているんだ。」


(つづく)




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