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「それは?」
江島は海堂が何のためにここにやってきたのかが分らなかった。
先ほど、あのセカンドハウスで別れる際に、明子に「今夜は帰らないかもしれないから、泊まってきてもいい」とまで言ったのである。
それが・・・・なぜ?
「会社を設立するための資料ですわ。」
海堂は、事も無げに言う。
「・・・・・・?」
江島はピンと来ない。何を言われているのかさえ分らない。
「ですから、うちのオヤジが言っている会社を再建するって話です。その具体的なプランちゅうやつですわ。」
「・・・・・・・・」
江島は驚く。
確かに、作業長の手紙には「何とか会社を再建して・・」とある。
しかも、できれば「小出孝雄を形だけでもいいから社長に」ともあった。
だから、今も考えていたように、この開発がうまく行ったら、将来的にはそうした方向で・・・と思っていた。
ところが、そのプランを既に海堂は作っていると言うのだ。
「なんや、明子、まだその辺りのことはおやっさんに話してないんか?」
海堂は、少し不満そうな顔をした。
「・・・・まぁ、しゃあないな。」
と明子の返答を待たずして、自分自身を納得させている。
海堂が、その場で座り直した。崩していた足を、正座に直したのである。
「おやっさん、今までの度重なるご無礼は、オヤジ、生田徳三に免じてお許しを。
何もかも、オヤジの言いつけです。」
海堂はそう言ってその場で両手を畳につけて頭を深々と下げた。
「明子、いえ、お嬢さんを無断で頂戴したことは、わいの我侭です。
このことは、今でも、申し訳ないことをしてると思とります。
ですが、決して、明子、いやお嬢さんを粗末にはしておりまへん。
この海堂卓也、誠心誠意、明子を愛しとります。
好きで好きでたまらんのですわ。
明子がおらなんだら、わいはこの場にようおらん人間や思とります。
今日あるも、それはすべて明子が傍におってくれてのことや、思とります。」
「・・・もう、そないなことは、ええやんか。」
恥ずかしいのか、明子が傍から止めに入った。
明子の口から初めて関西弁が出た。
少なくとも、江島が聞いたのは初めてである。
「いや、おやっさんには、どうしてもこれだけは謝っとかなあかん、思て。」
見ると、畳についた海堂の手には、明子の手がそっと乗せられている。
江島は黙って見ている。
その黙ることで、何も言わないことで、海堂と明子の仲を認めるつもりでいる。
それを察したのだろう。
明子は、
「お父さん、ありがとう。私は、このうちの人と一緒になられて、幸せよ。本当にありがとう。」
不覚にも、江島の目から涙が溢れ出した。
傍にいた木原も、ハンカチを眼に当てている。
(つづく)




