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この「最後の願い」については、これからまた改めて考えよう。
江島は、そう思って、作業長からの手紙をまた封筒に戻した。
明子は、そうした江島の動きをじっと見守っている。
だが、一切、口は挟んでこない。
一方、木原は、相変わらずあのコピーを睨むようにして見ている。
そして、自分の持ってきた手帳をあけて、何やらメモをとっている。
どうやら、具体的な作業の方法などを彼なりに考えているようである。
静かだ。誰も話さない。
江島が煙草を取り出した。そして、火をつける。
まるで、そのタイミングを計っていたかのように、明子が席を静かに立った。
「ちょっと、お化粧を直してくるわ。・・・・お父さん、ついでにビール頼んでおこうか?」
その言葉に、江島は少し考えた。
「いや、・・・・・俺はもういい。それより、木原に日本酒を。」
それを聞いた木原が慌てて制止する。
「班長!・・・私、たった今から禁酒します。こいつ仕上げるまでは。」
そのやり取りを聞いて、明子はにっこり微笑んで、部屋を出て行った。
「そうか、そこまで気合入れてくれるんだな。すまんな。」
江島は、作業長に成り代わったつもりで、木原に頭を下げた。
木原は、大きく頭を振るようにして、
「班長。私は嬉しいんです。こうして、作業長が十年以上も苦労されて作られた図面から、班長と一緒になって製品を作れるんですから。夢のようです。」
木原は本当に嬉しそうに言う。
江島は、ふと訊いて見る気になった。
「木原。お前は、小出社長が今どこで何をしているか、知っているのか?」
木原の顔が一瞬だが曇った。
「いや、まったく知りません。・・・・もう、顔も見たくないですけれど。」
木原の反応は、江島が予想したとおりだった。
そうだよな。俺も同じ気持なんだ。12年前のことを思うとな。
口には出来ないが、江島もそのように思った。
あの倒産が公表される直前の「何だ、その程度か」と言った小出社長の顔を忘れることは出来ないのだ。
江島が煙草を吸い終った時、部屋に明子が戻ってきた。
何と、その後ろからは、海堂が続いて入ってくる。
「ようやく仕事の区切りがつけられましたんで。」
海堂がそう言った。
木原が軽く頭を下げる。
「先ほどは、有難うございました。」
木原は、ここへ来るまでに海堂に会っていたようである。
「ところで、おやっさん。うちのオヤジの手紙、読んで貰うたと思うんですが。」
と前置きをして、鞄から、何やら分厚い書類の束を取り出してくる。
(つづく)




