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明子さんは、他と比較にならないほど、素敵なお嬢さんだと思う。
さすがに、実直な君が宝物のように育てた女性だと感嘆するしかない。
あのヤクザな卓也の傍にいて、それでも君の持っている正義感をきちんと受け継いでいる。そして、卓也を支えてくれている。
明子さんと出会っていなければ、卓也も今のようなそれなりに社会にその存在を認めてもらえるような男には決してなれていない。私は、そのことを嬉しく、そしてありがたく思っている。
ただ、今の今まで、こうした気持を君に言えなかったことを申し訳なく思っている。
これからの2人の行く末を見守ってやって欲しい。お願いだ。
江島は、この部分を何度も読み返す。
作業長としてではなく、親として書かれたこの数行は、江島の心にも熱く染渡るのだ。
何度も頷く。そして、目頭が熱くなる。
「最後に」
その言葉で始まる部分には、ある願いが書かれていた。
これから書くことは、あくまでも生田徳三としての希望であり、お願いだ。
だから、君が、どうしても出来ない、許せない、と思うのであれば、それは君の意思に任せるしかない。そして、それが正しい選択なのだ。
最後、まさに生田徳三、生涯最後のお願いだ。
会社を再建した暁には、その社名に「定森」の冠をつけてもらえないだろうか。
それと、もうひとつ。
社長には、あの小出孝雄を据えてやってもらえないだろうか。
形だけでもいい。実質的な経営は、君がやってくれればいい。卓也もちゃんと支えるはずだ。
だから、小出孝雄に、もう一度「生きるチャンス」をやって欲しい。
形は違うが、私がそうであったように、1度や2度の不始末で人の価値が決まってしまう。そうしたことだけは、何としてでも避けてやりたい。
もし、そうしてもらえるのであれば、それを、天国にいる先代社長への土産話にしたいと思っている。
これで、作業長の手紙は終わっている。
江島は、その「最後の願い」に書かれたふたつの事柄については、まだ自分なりの答えを出せてはいなかった。
ひとつめの社名の話にしても、それは雲を掴むような遠い話のような気がしている。
会社を再建する。そうした実感はまったく沸いてこない。
そんな段階ではない。それが江島の本音である。
そして、もうひとつ。小出孝雄の件である。
作業長が言いたいことの意味は分らなくはない。
だが、その肝心な小出孝雄の所在すら知らないのだ。
今、どこで、どうしているのか、それすらも分っていない時点で、この話は考えようがなかった。
(つづく)




