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3枚目の便箋の始まりは、次の言葉からである。
「さて、ここからは、生田徳三個人の懺悔だと思ってほしい。」
そう言えば、1枚目2枚目とは、やや字の書き方も違うような気もする。
最初に読んだときには、そのようには感じなかったが、こうして改めて読み直すと、その違いがよく分かる。
1枚目2枚目は一気に書かれたものだが、この3枚目だけは、時を改めて書いたのではないか。江島は、そんな気がするのだ。
そのことは、それだけ、作業長がこの3枚目を書くのに苦慮した、逡巡したことを示している。
ひょっとすると、最初の構想では、この3枚目は無かったのかもしれない。
1枚目2枚目は、作業長である生田徳三として書かれたものである。
だが、この3枚目は、その冒頭の言葉にもあるように、生田徳三個人として書かれたものなのだ。
ちなみに、その後には、こう綴られている。
「ここに書くことは、本来ならば既に君には話しておかなければならなかったことなのだ。
こんな紙切れだけで、しかも、今になって言うべきことではないことは十分承知をしている。
だが、死を覚悟して、これを私自身から今、君に伝えなければ、死んでも死に切れないとの思いがあって、書いている。
優柔不断な私を許してほしい。」
そして、次のようなことが綴られていた。
「私には、思い出したくない過去がある。」
その言葉で始まる部分には、暴力事件を起こして刑務所に入った過去があること。そして、出所後の更生時期に先代の社長に出会ったこと。
その先代社長の計らいで会社で働くことになったものの、その後も暴力的な性格は直らず、仕事が嫌になれば失踪や逃避を繰り返したこと。
そのために、社長には多大な迷惑を掛けたが、それでも社長は投げ出さず、涙を流しながら繰り返し仕事を教えてくれたこと。が書かれてある。
そして、その部分の最後には、
「これが、技術者生田徳三の原点であり、何としてでも会社を再建したいと願うたったひとつの理由なのだ。」と。
「君には、申し訳なくて、言えなかった。」
その言葉で始まる部分には、他に産ませた息子である海堂卓也のことが書かれている。母親のことには触れていない。
卓也がヤクザな世界に入ったのも私の責任だ。それでも、それは私が苦悩すればそれで事足りる筈だった。
だが、その卓也が一緒に住んでいると言って紹介したのが君の娘さんだと知ったときには、驚きを通り越して“よりによって、何てことを!”と絶句するしかなかった。
許してほしい。今更言っても遅いということは確かだが、それしか言えない。
親の君の立場からすれば、その時に言ってさえくれれば・・・との思いがあることは十分わかっている。
それでも、若い2人が寄り添うようにしている光景を目の前にしたとき、私にはその幸福そうな笑顔を壊すだけの勇気が無かったのだ。
私にも、そして、その私の血を受け継いだ卓也にも、欲しくって仕方が無かったのにどうしても手に入れられなかったものが、そこにはあったのだ。
(つづく)




