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明日から、具体的にどう動くべきか。
何から手をつけ、どんなことをこれから解決していかなければならないのか。
そして、その順序、手順である。
江島は、頭の中でそれをひとつひとつ作り上げていた。
そして、改めて、もう一度、作業長からの「手紙」を読み直す。
これでいいかを作業長に問いたかったのである。
作業長がこれを書いたのは、封筒の裏に書かれた日付、今年の2月22日である。
つまり、あの御陵重工の片野が病院に呼ばれた時期と重なる。
やはり、作業長自身、自分に時間が少なくなってきたことを感じていたのだろう。
それが、そうした思いが、ビンビンと響いてくる内容なのだ。
最初には、やはり会社の倒産について書かれてある。
倒産に至った経緯が簡単にまとめられて列記された後、自分の力不足で皆に迷惑を掛けたと詫びられている。
次に、その倒産を何とか食い止めたいと思って、御陵重工からの開発業務を、超低価格で受注したと説明されている。
なんとしてでも受注したかった。それが、会社存続の絶対条件だと思った、とその当時の決断までの揺れ動いた苦悩が細かく書かれてある。
江島が、もっとも恥じる部分である。
本当なら、作業長のそうした苦悩をもっとも近くにいた自分がいち早く気付いていなければならなかった、と思うのだ。
それが出来なかった。
いまでも、作業長にすまないことをしたと自分を責めたくなる。
そして、作業長の手紙は、その開発業務の現状を細かく記した部分へと続く。
そこには、先ほど明子から聞かされたとおりのことが、より技術面の部分を強調して書かれてある。
考えに考えて、最後の2枚に絞った。
だが、そこから先は、どうしても試作の段階を踏み越えなければ決断できないと書かれている。
「それを君に頼みたい。いや、君にしか頼めないのだ。」
その言葉で結んでいる。
江島が、作業長の仕事を引き継ごうと最終決断をしたのは、この言葉があったからである。
なお、で始まる数行に、作業長がこの仕事に掛けていた思いが見て取れる。
私の独断、我侭で、君と木原君の人生を狂わせたのかもしれないと、その点は死を覚悟した今でも責任を感じている。
ただ、これも生田徳三という人間が持って生まれた『業』である。
私の『業』を乗り越えて、お二人に輝く時間がやってくることを信じて疑わない。
ここで、便箋の2枚目が終わる。
(つづく)




