(38)
「明子、改めて、海堂さんに会いたい。いや、会わせて欲しい。」
江島が明子にそう言った。
明子は、驚く顔もせずに、
「今日、これからの方がいいの?それとも、日を改める?」
と言って、時計を見ながら携帯電話を握る。
江島の返答によっては、すぐにでも、海堂に連絡をするつもりらしい。
江島は、少し考えた。
「海堂さんの都合もあるだろう。それは、そちらに任せる。ただ、改めて、詫びなきゃならんことがあるから。」
江島は硬い表情を見せた。
「うん、分った。・・・・・・だったら、また連絡するわ。」
明子はそう言って、一旦手にした携帯電話を置いた。
どうやら、日を改める方が良いと判断したようである。
「木原。手伝ってくれるか。」
江島は、木原に向ってそう言った。
先ほどから、ずっと例のコピーを見ていた木原が顔を上げる。
「班長。喜んで!・・・・この加工をやらせてもらえるのなら、もう指の一本や二本無くしたって構やしません。」
木原の目は爛々と輝いている。
「その覚悟をしてくれるのだったらありがたい。
明日にでも、御陵重工の方に連絡をして、残りの図面一式を貰う段取りにするからな。
まずは、工程指図書を作ろう。」
「はい。」
12年前と同じような江島班長の指示が聞けている。
江島も、木原も嬉しそうである。
「ところで、明子。」
班長の顔つきになった江島が、明子に言葉を振る。
「お前は何でも知ってそうだから訊くんだが、今回のこの仕事の件、三橋社長の所とはどうなっているんだ?」
「どうなっている?・・・・どういう意味?」
明子でも分らないのかもしれない。江島は一瞬だが、そう思った。
「さっき行った時、どうもある程度のことは知っているような感じだった。それで、実は、作業場を借りることを頼みにいったんだが、言いそびれた。どうも、そう簡単なものじゃないような気がしてきたんだ。」
江島は、あの応接室でも対応の様子をひとつひとつ思い出していた。
「そうね、でも、三橋さんのところへは、うちの人から話しは行ってるわよ。大まかだけど。」
やはり、明子はその辺りのことは何でも知っているようである。
「作業場が要るし、試作をやるには設備も材料も要る。」
「ああ、その話だったら、うちの人がちゃんと段取りしているわよ。三橋さんのところで。だから、ある程度のことを言ってあるの。
どこまでとかの詳しい話は、うちの人でないと言えないけれど。
そうした繋がりがあるから、今日、お父さんが三橋さんのところへ行ったのも、ちゃんと連絡が入ったのよ。」
明子は涼しい顔で言う。
「えっ!・・・・・そうだったのか。」
江島は、明子が自分の娘ではなく、作業長の息子である海堂卓也の妻になりきっていることをはっきりと感じた。
(つづく)




