(37)
江島は、そのコピーのようなものを凝視する。
もう何年も見せたことのない、あの技術者、職人の顔である。
木原が、そうした江島の顔を見続けている。
コピーの中身は見えなくても、それを見ている江島の顔から、そこに書かれているものを読み取ろうとするかのようである。
「班長・・・・」
堪えきれなくなったのか、木原がそう声を掛ける。
すると、江島は、そのコピーのようなものを目一杯に広げるようにして、木原の方に指し示す。
「構いませんか?」
木原は江島に確認する。
江島が黙って頷く。
木原は、その紙を自分の手元に寄せて、改めて両端を手で固定するようにして凝視する。
こうしたやり方は、図面か工程を示した「工程指図書」を見るときの作法である。
木原も、既に12年前の顔、目つきになっている。
明子は、それに書かれたものが例えどのような種類のものであっても、その内容は分りはしない。
だが、昔、江島の部下達が家に集まって、こうした図面や工程指図書を何枚も広げて議論していたのを見ているから、それがどういった種類のものなのかは想像できた。
それでも、一切、口出しはしない。何も言わない。
それが、母、咲江から自然と学んだことである。
「班長・・・・。こいつは、・・・・・・・すごい、・・・すごいですねぇ。」
木原が、呻くように言う。
江島はそれに答えず、テーブルの上のある一点をじっと見るようにしている。
それは、その視線の先に何があっても構わないのだ。
ビールが入ったグラスでもいいし、吸いかけの煙草でもいいのだ。
ただ、何かをじっと見つめることで、思考を整理する。
それが、昔からの江島のやり方だった。
もちろん、木原はそれを知りすぎるほど知っている。
極端な言い方をすれば、そのどこか一点を見つめる江島の目の色の変化で、今、どの辺りまで江島が意志を固めたのかさえ分るようになっている。
「木原。そいつ、旋盤機のスピード、相当に考えないと、一気にお釈迦だ。それと、その曲線だな。」
「班長、あの300型がどこかにないですかねぇ。あいつなら、おだてりゃ、何とか舐めてくれるんじゃないかと思うんですが・・・。」
木原が言う300型とは、以前の工場にあった旋盤機のひとつである。型は古いものだが、それを操作する人間の微妙な力加減を、まるで職人が手で加工したときのように如実に製品に表してくれるものだ。
江島も愛用したし、その江島からその技術を受け継いだのが木原である。
だが、会社の倒産で、あの会社にあった設備の全ては処分されたはずだった。
したがって、その300型旋盤機も既にこの世にはないだろう。
既に生産が中止されている機種である。新品すらも手には入らない。
だが、江島には、どこかで誰かが呼んでいるような気がしてならなかった。
(つづく)




