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「何がだ?」
江島は、木原が言った「いよいよだそうで・・・」の意味を問う。
「班長!・・・飲まれると、相変わらず“おとぼけ”ですか?以前とまったく変わってないですねぇ。・・・・いやいや、それも懐かしい。」
木原は、江島が“おとぼけ”をやっているのだと信じている。
「俺は、何もとぼけちゃあいない。」
江島がむっとする顔を見せた。
それを察知して、明子が笑顔で割り込んでくる。
「木原さん、まあ、取り敢えずは・・・・」
明子が木原にビールを勧め、木原も満面の笑みでそれを受ける。
「お父さん、ごめんなさいね。私の話が遅れちゃって。木原さんも来られたし、ここで一気に最後まで話しちゃうわね。」
明子が、また改まった姿勢をとる。
それを聞いて、江島ばかりか、今来たばかりの木原も座りなおす。
「木原さんは、うちの人から、もうお話は聞いていただいたんですよね。だから、また同じことをお聞きになられることになるんですが、これからのこともありますから、是非、ご一緒にお聞きいただきたいんです。」
江島と木原が顔を見合わせる。
「お父さん、よく聞いてね。
生田さんの作られた開発図面は、実は完成しているの。
確かに、御陵重工さんへは一部が未完成だと伝えられているんだけど、その重要な部分については、二種類の図面があるの。出来ているの。
つまり、生田さんは、そのいずれかを最終的に決める段階まで来て、とうとう亡くなられたの。
その理由は、お父さんが聞いているとおりで、生田さんもその両方の試作をやってから、決めるつもりだったの。
でも、それは叶わなかった。
だから、お父さんに、その二通りを実際に作ってみてもらって、どちらを最終図面とするかを決めて欲しいってことなのよ。」
今度は、明子が江島の顔をじっと見つめる。
「と、言うことは、もう図面を起こすことは要らないんだな?」
江島は確認する。
「そう。」
明子が肯定する。木原も同じように頷いている。
「要は、試作品を二通り作ってみて、どちらがより性能が良いのかを判断しろと。」
「そう。それが生田さんのお父さんへの遺言なのよ。」
明子はそう言って、ハンドバックから小さな封筒を取り出して、江島の前に置く。
薄茶色の封筒の表には、「江島君へ」と、生田作業長の独特の字体で書かれてあった。
手にとって見ると、その封筒は封がされたままである。
まだ、誰も開けていないのだ。
「今、ここで開けてもいいのか?」
江島は、誰に訊くでもなく、そう呟いた。
本音は、開けるのが少し恐くもあるのだ。
(つづく)




