(33)
「・・・・大威張りと言ったって・・・・・」
江島は明子の顔をまじまじと見ている。
「小娘だ、世間知らずだ、一時の感情だけで刹那的だ。
そのうちに痛い目に会う。
そうなってみるまでは、いくら言っても聞きゃしない。
あの男のことにしてもそうだ。
ちょっと悪ぶった態度を、大人だと憧れるのが間違いなのだ。
親としては止めた。あんな男はダメだと言い聞かせた。
だが、それでも行ってしまうんだから・・・・・。
後は、傷ついて戻ってきたら、優しく迎えてやるだけだ。
・・・・・などと思っていたのにな。
いつの間に、こんなに大人になってたんだろう?
その娘から、“お父さん、がんばったんだから、大威張りで”と言われたのだ。
いつの間に、俺を追い抜いて行ったんだ?」
江島に見つめられた明子は、恥ずかしそうに目を逸らした。
少しうつむき加減で、「言い過ぎかな?」と考えているようである。
その横顔を見ていて、江島は妻の咲江がそこにいるような錯覚に陥る。
話し方もそっくりに思えてくる。
「明子・・・・・お前、いくつになった?」
放心状態から抜け出せないでいる江島は、娘にそんなことを訊いた。
「あらら・・・。愛する一人娘の歳も忘れちゃった?それとも、お父さんが飲んだときの得意技、おとぼけ?・・・・・・もうすぐ33歳の誕生日が来るわ。」
明子は、それでも笑いながら答えてくれた。
「そうか、もう33か。・・・・・・そりゃ、俺も年とるはずだなぁ。」
「お父さんはまだ57よ。そんなに老け込まないでよ。これから、一仕事やってもらわなくちゃ行けないんだから。」
明子は、そう言いながら、グラスを置いたままになっている江島に、ビールを勧める。
「それでね、お父さん、改めて訊くんだけど、生田さんの残されたお仕事、引き継ぐんでしょう?そのつもりで、奥様のところや三橋さんの所へ行ったんでしょう?」
明子の顔から笑みが消えている。
「・・・・・一応はな。ただ、自信が無いんだ。12年もブランクがあると、いくら、かつては・・・・と言っても、微妙な感覚というものは亡くなっているような気がするんだ。」
江島は自分の両手を開いて、改めてまじまじと眺める。
「あれから10年以上、この手は、酒のボトルを運んだり、汚れたグラスなどをひたすら洗ってきたんだ。作業長でさえ、実際に自分の手でやってみないと描けはしないといわれた微妙な部分の詳細設計を、今の俺が本当に描けるのかって、・・・・・。」
「大丈夫よ。お父さんは、あの生田さんから叩き込まれた職人魂を忘れてなんかいないもの。」
明子はそう言明した。
その時だった。
どこかで、携帯電話の鳴る音がした。
(つづく)




