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「・・・・・・・・・・・・・・」
江島は明子の顔を恨めしそうに睨み付けた。
「だから、本当は、うちの人が最初に言ってたように、うちの会社に勤めてもらえれば一番簡単だったの。
不動産の管理や、建物などの補修や改造、こう見えてもね、いろいろとこまごました仕事はあるのよ。
お父さんだって、少なくとも技術者ではあるんだし、いい加減な仕事をする人じゃないし、そうした管理をやってもらうことにすれば・・・って、うちの人とも話していたの。
でも、お父さんは、そんな気は毛頭無かった。
お前らの世話にはなりたくないって、ちゃんと顔に書いてあった。
だから、困ったの。頭を抱えたのよ。
それで、お母さんに相談したの。そうしたらね、お母さん、なんと言ったと思う?
お父さんはあの仕事にプライドを持っているから、それとはまったく異質な仕事じゃなければ、一からやることは難しいだろうって。
どうしたって、“仕事というものはだな・・・・”という頭が先に立つ。
職人肌だから、上下関係には適合できても、今の若い人達のようにチームでひとつの仕事をやるという協調性はない。
だから、会社勤めはもう諦めたほうがいいのかもしれない。って言ったのよ。
そこで、うちの人が、水商売を思いついたの。
それだと、個人経営でも十分にやれるし、今までの経験は無視できるし、何よりうちの人が支援がしやすいって言ったのよ。
うちのビルを使ってもらえれば、賃料や保証金などで優遇できるし、関連の取引先を紹介することだって出来る。売上にも、それなりに貢献できるって言うの。
ただね、お父さんにそうしたことが分らないように話を進めることに苦労したのよ。私やうちの人がそんな話を持っていっても、お父さんは聞く耳を持たないってことは分かっていたしね。
それで、あの居酒屋さんに頼んだの。顔見知りだし、店主とお客という立場の違いはあっても、互いに気心は分っていたと思ったのね。
たまたま、あのお店が空いていたのは偶然かもしれない。でも、何とかお父さんにやる気になってもらうには、それなりに苦労したのよ。
だって、そうでしょう?
お父さん、あのままどこにも就職の口がなかったら、ますますお酒に逃げていたんだと思うの。
あのタイミングが最後、ラストチャンスだと思ったの。
でも、苦労した甲斐はあったわ。お父さんも、いよいよ、何でもする気にもなっていたみたいだったし、お金が無くても開業できるって分って、お父さんの顔が変わったって、居酒屋さんから聞いていたから。
で、驚いたのが、お父さんがバーテンダーの学校へ行ったことよ。
それをお母さんから聞いて、“お父さん、やる気なんだ”って思ったの。
うちの人が、お父さんのこと好きだよって言ったでしょう?それはね、そのバーテンダーの学校へ行ったという話からなの。
“おやっさんも、男だねぇ”って感心してたのよ。“見直した”って言ってたわ。
あっ!・・・でもね、これだけは言っとくね。最初の1か月程度は、うちの人がビルのテナントとして入っている会社に頼んでお店に行ってもらってたの。
つまり、代理営業をしてたの。でもね、その必要はなかったって、うちの人後で笑ってたわ。
お父さんの、そのとつとつとした男気が、自然体でお客を惹きつけているんだって。
だから、今のお店の人気は、お父さんの実力そのものなんですからね。
胸を張って、大威張りでいてね。」
(つづく)




