(3)
海堂は事務所にいた。
「社長!江島ってのが来てますが・・・」
そう言った部下の頭をバシッ!と叩いて、
「何度言ったら分るんだ!・・・・誰々さんがお越しになりましたって言うんだ。」
海堂は、ヤクザ丸出しの口調で喋る部下を叱りながら出てきた。
「おやっさん、ご無沙汰いたしておりやす。」
そう言って、律儀にも両足を揃えた姿勢で頭を下げたかと思うと、
「ここじゃあ、話も何にもできねぇんで、外へ出ましょう。」
と、江島の返事を待たずに、掛けてあった上着を羽織って表に出る。
江島にしても、あの事務所では話しづらい。
外へ連れ出してもらったほうが気が楽だった。
「ところで、おやっさんの方からお出でになると言うのは?」
歩きながら、海堂が話してくる。
「・・・・・・・・・」
江島は、彼に相談をしようと思ってきたのだが、どう切り出せば良いのかを迷っていた。
「おやっさんの為なら、この海堂、何だってやりますぜ。遠慮なく言ってくだせい。」
海堂は、既に江島の相談事を知っていた。
蛇の道は蛇である。
「会社の件でっしゃろ。・・・・噂は、大分前から耳にしてました。」
落ち着いた雰囲気の喫茶店の席に腰を下ろしてから海堂がそう切り出した。
「少し・・・声を落として・・・・」
さすがに江島はそう頼んだ。
他には客はいなかったが、従業員がいる。
「はははは・・・・・。あれは、明子でっせ。」
海堂は、カウンターの向こうから水を運んでくる女性を指差して言う。
「お父さん、お久しぶり。・・・私って、もう忘れられたのかと思ったわ。」
よく見ると、確かに娘の明子である。
「ここは、わいらの隠れ家、いや、セカンドハウスっていう奴ですわ。しゃあから、何でも気にせんと話してもろうて。わいと明子しかおりまへんさかい。」
江島は、少し複雑な気持である。
海堂は、表向いては「金融業・不動産業」を掲げてはいるが、しょせんはヤクザである。陰ではどのような仕事をしているのか、分ったものではない。
ただ、その一方で、一人娘を持ち去った不埒な奴でもある。
だから、「ヨメにください」と言ってきたときにも、門前払いをした。顔も会わせなかった。
だが、それに激怒したのは、他ならぬ明子の方だった。
「お父さんは、表面だけで人間を評価している。あの人の良いところを見ようとしていない。」
そう言って、その翌朝、明子は姿を消してしまった。
それからは、どうやら妻の咲江は江島に内緒で明子と連絡を取ったり会ったりもしていたようだが、江島自身は、明子ともそしてこの海堂とも接触はしていなかった。
「うちの人がねぇ、お父さんが勤めている会社、どうやら危ないようだって。だから、今のうちにどないか身の振り方を考えられた方がええんとちゃうか、って言ってくれたの。もうふた月も前の話。」
明子が、珈琲を運んできて、そう言った。
(つづく)




