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「どうして、そんなことまで、お前が知っているんだ?」
江島は言葉を挟んだ。
明子は、手を前に出すことによって、その後の江島の言葉を遮った。
「少しの間、私の話を黙って聞いて。
いい?だから、あの倒産が決まった日、お父さん、うちの人の事務所に来たでしょう?
その時にも言ったけど、うちの人、以前からそうした動きがあることは知っていたの。
それは、“蛇の道は蛇”ってこともあるけれど、他の理由もあるの。
お父さん、生田さんのこと、随分と慕ってたけど、生田さんに公には出来ない子供がいることを知ってる?」
江島は憮然とした表情で明子の話を聞いていたが、いきなり作業長の子供の話をされて、戸惑った。
「いや、・・・・娘さんがひとりおられるのは知っていたが、その“公に出来ない子供”って、何の話だ?」
「生田さんは、昔、もう遠い昔の話なんだけれど、ヤンチャな時代があったのね。刑務所に入るようなこともあって。」
「それは、その話は、三橋さんから初めて聞いた。それも、さっきだ。」
「その時代にね、ある女の人と一緒になっていたことがあったの。籍は入ってなかったけれど。・・・その人との間に、男の子が1人出来たの。
その女の人の名前が、海堂操だったと言えば、お父さん、想像付くでしょう?」
「何!・・・・・海堂操って・・・、えっ!・・つまり、それがあの海堂?・・・・
まさか!・・・・・」
江島は絶句する。
明子は淡々とした顔で、江島の、つまり自分の父親の顔を見る。
「・・・・ということは、お前の旦那は、作業長の息子ってことなのか?」
「そうなの。・・・・・私も、そのことは後で知ったんだけど。・・・・・」
「嘘だろう!・・・・・幾ら何でも、そんなことがあってたまるか!」
江島は、容認できない。
確かに、ちゃんとした結婚式も挙げてやれていないから、作業長にも挨拶が出来なかった。それでも、口頭では「娘が駆け落ちをしましてね」と言ってあったのだから、その片方の当事者である男が作業長の息子であるならば、それなりの話を聞かせてくれた筈だと江島は思う。
「幾ら言われても、それだけは信じられん。たとえ、お前が言うことであってもだ。」
江島は、もう訳が分らなくなってきた。
残っていたビールを、煽るようにして飲む。
明子は、さらに衝撃的な話をする。
「今、お父さんがやっているお店のビル。あれは、うちの人が持っているビルなのよ。ビルのオーナーは海堂興産なのよ。知らなかったでしょう?」
(つづく)




