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「そうだな。1本だけ貰おうか。」
江島も今日だけはようやく飲む気になった。
12年前から、いや、厳密に言えば会社倒産があって1年後だから、11年前からになる。
今の店、カウンターバーを始めてからは、江島は酒を断っていた。
客商売なのだから、飲めばそれだけ売上に繋がったのだが、江島の中には「仕事で酒を飲むなんて・・・」という古い考えがあったのだ。
天麩羅も揚がり始めて、ビールも出てきた。
明子がお酌をしてくれる。
ビールの泡が程よくグラスの上に積みあがっていくのを見ていると、高校生だった明子が初めてお酌をしてくれたときのことを思い出す。
ようやく、あのときにいなくなった一人娘が戻ってきてくれたような気がした。
「じゃあ、頂きます」と言って、最初の一口を飲む。
何とも言えないまろやかな刺激が口いっぱい、喉一杯に広がっていく。
自然と「ふうっ〜」という声が出る。
「やっぱりお父さんは好きなのよね。ビール。」
明子は笑いながら、嬉しそうに江島の顔を見つめている。
「それと同じで、うちの人、お父さんのこと好きなんだから、それだけは忘れないでね。」
明子は、次の材料を油鍋に入れながら、そう言った。
「おいおい、またその話か?・・・・でも、さっきも言ったように、とてもそう思っているとは感じられんがなぁ。」
江島は、本音を言った。
その江島の言葉を聞いてから、明子はしばらくは何も言わずに、ひたすら天麩羅を揚げ続け、次々と揚がったものを江島の前に置く。
一段落してから「私も頂くわね」と箸を取った。
何年振りかで飲んだビールが、血管を通じて、全身に“酔い”を運んでいく。
江島は、何となく、新たな人生が始まりつつあるような錯覚に陥った。
「お父さん、・・・・・」
「ん?・・・何だ?」
「今のお店、大変じゃない?」
「う〜ん、・・・もう慣れたよ。最初はどうなることかと思ったけど・・・。」
「・・・・そうなの?・・・・・」
今の店をやることとなったのは、偶然がいくつも重なったようなことがあった。
再就職を目指していろいろと当たっては見たものの、年齢、経歴、その他諸々があって、なかなか決まらなかった。
そうこうしているうちに、失業手当も受給期限が切れた。
「こうなったら、選んでられない」と江島は覚悟をした。
皿洗いでも、力仕事でも、何でもやるつもりになっていた。
そんな時、自棄酒を飲みに行っていた居酒屋、そう、部下達をつれてよく通ったあの店で、店主がこう言ったのだ。
「江島さん、何でもする気があるのだったら、こんな店が“居抜き”であるんだけど、やってみませんか?」
追い詰められていた江島は、その話に耳を傾けたのだ。
(つづく)




