(23)
「お父さん、うちの人ねぇ、お父さんのこと好きなんですよ。惚れてるんです。」
馴染みの天麩羅屋だという店に連れて行かれて、江島は明子にそう言われる。
「でもなあ、そんな風には見えんが・・・。」
「お父さんは、うちの人のこと、嫌いだものね。・・・それは、私にも責任があるんだけど・・・。」
明子は、天麩羅を揚げながら、そう言う。
この店は、お客に自由に揚げさせることで有名な店らしい。
「明子のことは、諦めている。もう、随分と昔のことだ。・・・・でもなぁ、未だに分らんのだ。」
「何が?」
「いやな、あの海堂がお前と一緒に家に来てだ、明子さんをヨメにください、と言いよった。」
「そうだったわねぇ。」
「何の予告も無しにだ。」
「・・・・・ちゃんと、言ったのよ。私がお父さんに。」
「嘘だろう!・・・聞いた覚えなぞ無いぞ。」
「お父さん、一杯飲んでたから・・・・。お母さんに聞いてもらったら分るわよ。ちゃんと、私がお願いしました。彼氏が来るので、話だけはちゃんと聞いてねって、お願いしましたよ。」
「本当か?」
「ええ、今更嘘を言っても仕方ないでしょう?」
「・・・そうか、そうだったのか・・・・。」
「お父さん、玄関を上がらせることも無く、追い返したのよ。」
「ああ、そうだったな。その場面は、今でも覚えている。塩を撒いた。」
「そうね、・・・・私、うちの人には、なかなか“うん”とは言わないわよ。でも、絶対に怒らないで。じっと耐えて、たとえどんな罵声を浴びせられても、じっと我慢して。それが出来ないのなら、私はあなたと一緒にはいられませんから、って言ってあったの。」
「・・・そうなのか。・・・・・俺が、絶対に了承しないと思ってのことだな?」
「うん。お父さんはうちの人がやっているような仕事、まともな人間がすることじゃないって考えてる人だから、すんなり“分った”とは言わない。何度も足を運ぶことになるから、最初から喧嘩腰になったら、二度と会ってももらえないことになるって。」
「それでだな。思っていたよりすんなりと大人しく帰ったと思ったんだ。俺は、奴に殴られるぐらいの覚悟はしてたんだ。可愛い娘を守るためなら、顔が腫れようが鼻が曲がろうが、それでも良いとさえ思っていたからな。」
「お父さんは話も聞いてくれなかった。私、ハラハラしてたの。いつ、うちの人が我慢できなくなって手を出すか、それが心配だった。でも、うちの人、私の言うとおり、じっと我慢してくれた。こめかみの血管が浮き出ているのが分ったもの。」
「そうだったか?・・・・俺は、本当は恐くってビクビクしてからなぁ。」
「うちの人があれだけ我慢してくれたってことが、私が家を出た最大の理由。他のことであれだけの仕打ちを受けたら、絶対に黙って引き下がるような人じゃないもの。私、それだけ大切に思われているんだって思えたの。だから、お父さんには内緒で家を出て、うちの人のところへ駆け込んだの。もう、少しも離れてたくなかったから。」
「こいつ、惚気やがって・・・・。」
2人は、ようやく笑ってこの話ができるようになったと思った。
「お父さん、今日は、車、あのまま置いて帰ってよ。私が送るから。だから、ビールでも飲んだら。」
明子は、嬉しそうな顔をして、そう言った。
(つづく)




