(2)
江島は、辺りを見渡した。
「工場長もいないのか?」
斉藤に訊く。
「工場長なら、あそこですよ。可哀想に・・・。」
斉藤が指差す先を見ると、いつもの制服に身を包んだ工場長の高瀬が何人かの男達に囲まれて、何やら糾弾されているようだった。
「ありゃあ、債権者だな。」
取り囲んでいる男達の中に、数人の顔見知りがいた。
いずれも材料やら工具などを入れている業者達である。
「今頃来たって、取れやしないのに・・・・・。」
江島は、そう呟くと、ゆっくりとそこを離れようとする。
「班長!・・・・どこへ行かれるんです?」
斉藤が慌てて追いかけてくる。
「なぁ、斉藤。もう、会社はおしまいさ。・・・・あの紙切れが出ているということは、もう俺達の手を離れてるってことだ。今更、じたばたしても始まらんよ。・・・・俺は帰って寝る。」
「そんなぁ・・・・・。で、僕らはどうしたら良いんですか?水曜日の納品分、あれを仕上げないといけないんですけど・・・。」
斉藤は、まだ混乱している。
おまけに、信頼している班長の江島が「帰って寝る」などと予想しなかったことを言うものだから、余計に「どうしたら・・・」の答えが見つからないようだ。
「斉藤。・・・もうすぐ全員が出社するだろう。そしたらな、皆で、俺の家に来い。」
江島は、そう指示した。
「作業はどうするんです?」
斉藤が食い下がる。
「あのな・・・・・・・、会社は倒産したんだ。破産だ。作業もへったくれもない。第一、あの会社にはな、お上から財産保全命令ってのが出てて、俺ら従業員と言えども勝手に中に入ることさえ許されない。そんな状態で、作業なんて出来るもんじゃないよ。・・・・・頭を冷やせ。落ち着くんだ。」
江島は、斉藤に向って言っている言葉を、自分自身に向けて話していた。
「落ち着くんだ!」と。
「はい!・・・分りました。皆に伝えます。」
そう答える斉藤をその場に残して、江島は会社の敷地を出た。
直ぐにタクシーを拾って、小出社長の自宅に向う。
逃げていないのは頭では分っているのだが、どうしても自分のこの目で確かめておきたかったのだ。
閑静な住宅地に小出邸はあった。
江島も何度か呼ばれて来たことがあった。
表札はそのままだが、やはり、急遽の脱出を敢行したようで、外から見える家の中の様子は、まるで時代劇の夜盗に入られた跡のような雰囲気である。
「まさに、夜逃げだな。・・・・・」と江島は思った。
それだけを確認して、江島は待たせていたタクシーに再び乗り込んだ。
「中央町へ行ってくれ。」
その一角にある雑居ビルに向うつもりなのだ。
「お前の顔は、二度と見たくない」と言って家にも上げなかった、一人娘明子の亭主、海堂卓也の事務所である。
(つづく)




