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「社名でお分かりだと思いますが、あの会社を起こされたのは、先代の社長定森重雄さんだったんです。その定森さんは、保護観察員をやられていましてね。・・・・そう、あの刑務所帰りの人の面倒や更生指導をする仕事です。」
そこで、三橋は煙草を取り出して、「如何ですか?」と江島に勧めてくれる。
1本貰って、ライターで火をつける。
一服してから、三橋は話を続ける。
「そこで、生田さんと出会ったんですよ。」
「えっ!・・・・ということは、・・・・」
「そうです。もう時効だから言いますが、生田さんはちょっとした事件を起こしてましてね、3年ばかり刑務所にいたのです。それで、出所後、定森さんが自分の会社に引き取ったのです。もう今から50年以上も昔の話です。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「もちろん、何の技術も持ってはいませんでした。ですから、定森さんが一から叩き込んだんですよ、あの職人魂はね。」
「そうだったんですか・・・・・。初めて聞く話です。驚きました。」
江島はそれしか言えなかった。
「ですからね、生田さんは、あの定森さんの会社が駄目になっていくのを黙って見ていられなかったんだと思います。定森さんには子供さんがおられませんでしたから、亡くなられた後、ご親族が集まられて、定森さんの妹さんの息子さん、つまり甥っ子だった小出孝雄さんが後継の社長になられたのです。その小出さんも中堅の商社にお勤めのサラリーマンでしたから、技術的な面はその時から生田さんが面倒を見ておられたのでしょうね。」
「なるほど・・・・・」
江島が入社する以前の話である。
「これで、なんとか会社が続いていくだろうな、と周囲は思っていました。ですが、そこで問題が出始めたのです。」
三橋は、ここで珈琲を一口飲む。
「問題と言いますと?」
江島も三橋に習って、珈琲を含む。
「経営管理が旧態依然としている。だから、会社が成長しないんだ、と新社長が言い出したのです。それで、取締役として、あの高瀬とかいう工場長を連れてきたのです。何でもアメリカの有名大学を卒業したエリートらしいのですが・・・。それは、江島さんもご存知でしょう?」
「はい、直ぐにデータ表のようなものを取り出して、原価率がどうだとか、仕損率が高いだとか、言われましたね。」
「でも、技術面のことを何も知らない経営陣が、技術力こそが生命線だと言われる金属加工会社の経営などうまくできるはずはありません。低コストを追求するあまり、製品に不良品が出るようになったんです。それがまた、生田さんと経営陣との確執を生むことになったのですが・・・・。」
「そう言われれば・・・・」
江島には、今の話でようやく納得が行く場面を何度と無く見てきていた。
工場内で、生田作業長が高瀬工場長の胸倉を掴む姿を何度も見た。
それは、職人としての誇りからだと思っていたが、どうやら違ったようである。
(つづく)




