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三橋は、江島を応接室に案内してくれた。
「内密に相談したいことが・・・」というのを分っているようである。
女性社員が珈琲を運んできてくれて、ドアを閉めた。
「もう、12年になりましたね。」
三橋は、江島の話が倒産した会社に関係することだと知っているような口ぶりである。
「実は、お願いがあって参りました。」
江島はそう切り出した。
「生田さんの跡をお継ぎになるお気持なのですね。」
そこまで言われて、さすがに江島は驚いた。
「どうして、それを?」
「う〜ん・・・・・・・・」
三橋は、唸った。
「江島さん、あの会社が倒産したとき、業界のどこの会社も、生田さんを欲しがったのですよ。・・・・遠く、九州からも誘いが来てました。
私も、生田さんならば、と役員待遇でご提案したのですが、自分は一生、現場の職人でいたいのですよ、と笑っておられました。
で、当のご本人がどこを選ばれるのか、に皆が注目していたのです。」
「それでも・・・」
「そうですよね。生田さんは、どこからの誘いも受けられなかった。体調が思わしくないので・・・というのが表向いての理由でした。」
「あの当時は、確かに入退院を繰り返しておられましたからね。」
「でも、その病院にまで製図器を持ち込まれていたのですよ。とても、引退されるおつもりじゃなかったと私たちは思ってました。」
「そのようですね。奥様からもお聞きいたしました。」
「会社が倒産したのに、どうして?と私も思いました。普通ならば、どこか条件の良いところを選んで、転職されたと思うのです。皆が是非とも我が社に、と拝みに来たのですからね。引く手あまた。選び放題でしょう。」
「それを、作業長はすべて断られた。」
「そうです。それは、何か特別な訳があるのだと思いました。もちろん、それがどのようなことなのかまでは分りませんでしたが・・・・。」
三橋は、その当時を振り返るかのように話を進める。
「それでですね、驚いたことがあるのです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
江島はそれがどんなことなのかも想像できないから、黙って三橋の口元を見つめている。
「江島さん、私も業界の人間です。小出さんの会社が経営に行き詰まっているらしいということは知っていました。でも、不思議なことに、もう駄目だろうと思っているのに、それでも仕事を続けられている。不渡りも出ない。・・・・それってね、ちょっとしたミステリーだったんです。おられた方には申し訳ない言い方になりますが・・・・。」
「いえ、それは構いません。私のような現場の人間では、そうした噂があることすら知りませんでしたから。今思えば、恥ずかしいことです。」
「どうやら、そこの部分を支えておられたのが、生田さんだったのではないか、と思うようになったのです。」
「と、言いますと?」
三橋の口から、何かとんでもないことが出てきそうな気がする江島である。
(つづく)




